《色褪せる恋心》

題しらす よみ人しらす

よのなかのひとのこころははなそめのうつろひやすきいろにそありける (795)

世中の人の心は花染めのうつろひやすき色にぞありける

「題知らず 詠み人知らず
世の中の人の心は花染めのように移ろいやすい色であったなあ。」

「(色)にぞ」の「に」は、格助詞で場所を表す。「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(あり)ける」は、助動詞「けり」の連体形で詠嘆を表す。
男女の間の情は、色で言うと、露草の汁で染めるあの花染めのように変わりやすい色であったのだなあ。
この歌は一人終わった恋を嘆いているのだろう。変わりやすいものと言えば、染め物の色がある。特に露草の汁で染めた花染めは、直ぐに色褪せてしまう。これに恋心の変わりやすさを重ね、それをイメージ化したのである。そこにこの歌の発見がある。同じ「世の中」を用いた歌に「恋一」の貫之の次の歌がある。「世の中はかくこそありけれ吹く風の目に見ぬ人も恋しかりけり」この歌は、貫之のこの歌を踏まえているのだろう。対照すると、恋とは始めも終わりもままならぬものであることがわかる。また、歌は感動をどんな題材で表すかが重要である。編集者は、花染めという題材の効果を評価したのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    作者に同感です。
    人の心は最も移ろいやすいものの一つかも知れません。恋が始まった時に誓ったことが、程なくして変わってしまう事は、珍しくないですよね。いつの時代も同じですね…
    貫之の歌を踏まえて詠んだこの歌、作者が誰なのか気になります。女性の嘆きにも思えますが…

    • 山川 信一 より:

      恋とは理不尽でままならぬもの。顔を見たことのない人に恋をすることもあれば、心は花染めの色のように変わってしまうこともあります。花染めのたとえから言っても、女性の歌だと思われますね。

  2. すいわ より:

    水無瀬川、吉野川と様々な川があるけれど、どんな川であれ露草で染めた衣の色は褪せていくもの。人の恋模様も色々だけれど、どんな恋も移ろい冷めていくのであったなぁ、、。
    前出の二つの川に準えた恋を受けて川といえば染め物ともってきたのでしょうか。これまでにもすぐに色の変わってしまうものとして青花(露草)の歌、出てきました。編集の仕方が見事ですね。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、染め物は川の水を利用してするもの。そう繋がっていたのですね。月草の歌は、秋上にありました。「月草に衣は摺らむ朝露に濡れて後には移ろはむとも」(247)秋にありますが、内容は恋の歌ですね。

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