題しらす よみ人しらす
くれなゐのはつはなそめのいろふかくおもひしこころわれわすれめや (723)
紅の初花染めの色深く思ひし心我忘らめや
「題知らず 詠み人知らず
紅の初花染めの色のように深く思った心を私が忘れるだろうか。」
「紅の初花染めの色」は、「深く」を導く序詞。「(思い)し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「(忘ら)めや」の「め」は、意志・未来の助動詞「む」の已然形。「や」は、終助詞で反語を表す。
紅花の早咲きの房は色がよく、その初花で染めた初花染めの色はとても深い赤をしています。その色を見ると、あなたを思った頃の私の深い恋心を思い出します。あれは私にとって初恋でした。私がその心を忘れるでしょうか。そんなことはありません。私の心があなた色に染まったことは忘れません。でも、あなたとの恋は終わりました。いい思い出にしましょう。
相手との恋が既に過去のものであることを伝える。相手の未練を断ち切り、別れを告げる歌である。しかし、恋した心は忘れないと相手を気遣っている。
作者は女性であろう。前の歌への返歌とも思える。前の歌への返歌であれば、見事な切り返しである。いつまでもこの恋にこだわっている男に対して、この恋を汚すことなくいい思い出にしようと言う。「紅の初花染め」の深い赤は、当時の女の恋心をよく印象づけている。しかも、女が今でもこの恋に満足していることも表している。また、そんな恋を与えてくれた男への感謝が伺える。それでいて、恋の終わりも伝えている。見事なたとえである。もう男は受け入れざるを得ないだろう。編集者は、この内容を「紅の初花染め」のたとえ、過去の助動詞「し」と「忘らめや」の意志の助動詞「め」と反語の「や」によって表す作者の表現力を評価したのだろう。
コメント
前の歌と対と考えるとなるほど「別れた後のやり取り」ですね。
721番の歌のコメントにも書いたのですが、「元恋人」に対しての男女での思い入れの違いをはっきり見せられた気がします。いつまでも未練を残す男に対して女はアルバムの写真を眺めるように美しい思い出として完全に「過去の事」と捉えている。ここまで「貴方は素晴らしかった」と言われたら男は引き下がるしかありません。女の方が一枚上手でしたね。
この歌からもこの女がいかにいい女であったかが伺えます。こんないい女とどうして別れてしまったのでしょう。男の甲斐性の無さも伺われますね。
紅の初花染め…美しい歌ですね。別れを決めるまでには修羅場もあったでしょうに、美しい思い出だけを心に残す。このような綺麗な別れ方は、見習いたいです。
男性には、是非ともこれを汚さないで欲しいです。
この歌を歌う女性はきっと素敵な女性でしょう。見習うに値しますね。ただし、恋はこれでは終わらなさそうです。男はまだ切り返します。