《モテる業平》

ある女の、なりひらの朝臣をところさためすありきすとおもひて、よみてつかはしける よみ人しらす

おほぬさのひくてあまたになりぬれはおもへとえこそたのまさりけれ (706)

大幣の引く手数多になりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ

「ある女が業平の朝臣を所を定めないで歩き回っていると思って、詠んでやった 詠み人知らず
あなたは大幣のように引く手数多になってしまったから、思っても頼りにできないことだなあ。」

「大幣の」は、「引く手数多」の枕詞。「(なり)ぬれば」の「ぬれ」は、完了の助動詞「ぬ」の已然形。「ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「(思へ)ど」は、接続助詞で逆接を表す。「え」は、可能を表し否定表現と呼応する副詞。「こそ」は、係助詞で強調を表す。係り結びとして働き文末を已然形にし以下の文に逆接で繋げる。「(頼ま)ざりける」の「ざり」は、打消の助動詞「ず」の未然形。「けれ」は、詠嘆の助動詞「けり」の已然形。
祓えに用いる大幣は、祓えが済むと、人々が引き寄せて我が身の汚れをそれに移します。あなたはまるでその大幣のようですね。多くの女性が群がるほどおもてになってしまいましたね。そうなると、それにお応えするのも大変でしょう。今更、私などいくら思っても、あなたを頼りにすることができなくなりました。でも、ホントのところどうなのかしら。もう私の所へ来てはくださらないのでしょうか。
作者は業平と一度恋仲になった。ところが、その後業平は訪れない。それで、その理由を他の女のところを歩き回っているためだとして詠んだ歌である。
この歌は、業平のモテぶりを大幣を多くの人が引く様子にたとえている。そのことで、業平を持ち上げ、嫌味・嫉妬に取られないように気遣っている。また、諦めきれない思いを〈「こそ」・・・已然形〉の係り結びにより含みを持たせて伝えている。編集者は、こうした目の付け所、表現への配慮を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    引く手数多な人に恋してしまったが故の悩み、ですね。独占したいのが本音。でも叶わないのは初めからわかっている。だとしたら、他の人よりも目を引くにはどうするか。相手を追い詰めることなく、弱さを見せて相手が手を差し伸べてくるのを待つ。一見、強気な人には見えないけれど、なかなか強か。ライバルがあればこそ、恋の駆け引きの手腕も磨かれるのですね。

    • 山川 信一 より:

      恋のライバルにいかに打ち勝つか、それを試みるのも恋の醍醐味の一つです。ライバルは多いほど、手強いほど、やり甲斐もあるというものです。女は、こう言ったら何と言ってくるのかと、恋を楽しんでいるようです。

  2. まりりん より:

    「大幣の引く手数多に…」本当に女性が引く手数多に群がっている光景が目に浮かびます。業平はきっと見た目も麗しいのでしょうね。でもこの下の句、遠慮しながらではあるけれど、矢張り皮肉が込められているように思います。いっその事、もっとズバッと嫌味を言ったらスッキリするのに。。同感する女性も多いことでしょう。

    • 山川 信一 より:

      でも、「ズバッと嫌味を言ったら」恋は終わってしまいます。女は、引く手数多の女の中から自分を選ばせるにはどうしたらいいかを考える訳です。それがこの歌です。女にとって重要なのは、恋を継続することです。

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