《人を鳴かせる》

ほとときす 藤原としゆきの朝臣

くへきほとときすきぬれやまちわひてなくなるこゑのひとをとよむる (423)

来べきほど時過ぎぬれや待ち侘びて鳴くなる声人を響むる

「ほとときす 藤原敏行の朝臣
来るべき郭公が時季を過ぎてしまったからなのだろうか。待ち侘びてようやく聞こえてくる声が人を騒がせることだ。」

「(来る)べき」は、適当当然の助動詞「べし」の連体形。「(過ぎ)ぬれや」の「ぬれ」は、完了の助動詞「ぬ」の已然形。「ぬれば」と同様原因理由を表す。「や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして文末を連体形にする。「(鳴く)なる」は、聴覚推定の助動詞「なり」の連体形。「響むる」は、下二段活用の動詞「響む」の連体形。
今年は、郭公が来るはずの時季が過ぎてしまったからなのだろうか。人々は初音を今か今かと待ち侘びていた。だから、その声が聞こえてくると、人々は「鳴いた鳴いた」とこんなに大騒ぎするのだなあ。
郭公の初音を待ち侘びる人々の様子を詠んでいる。郭公が鳴き、それで人々が大騒ぎする、つまり、郭公の鳴き声が人を鳴かせると言うのだ。「くべきほどときすぎ」に、「来べきほど時過ぎ」と「来べき郭公」が詠み込まれている。
物名は、詠み手としては、その名をどこにどう詠み込むかが腕の見せ所である。読み手としては、どこにその名が隠されているのか、見つけるのが楽しみになる。仮名のシステムは、現代の平仮名のシステムとは違い、清濁を書き分けない。その特徴がこうした言葉遊びを生み出した。

コメント

  1. まりりん より:

    こういう歌は、言葉の隠れんぼのようで楽しいですね。
    私も無い知恵を絞って真似してみました。だいぶお粗末ですが。

    梅雨寒に咲くる実家の台所 亡きお袋の味再現す

    このお題は、、何を隠したかわかりますか?
    ちなみにうちの母はピンピンしております。演出の都合上、勝手に亡き者にしてしまいましたが。。

    • 山川 信一 より:

      いいえ、素敵な試みです。自分で作ってみることがより豊かな鑑賞に結びつきます。ただ、「咲くる」は、「咲ける」が正しいです。
      そこで、返し。 *梅雨寒に紫陽花咲くは楽しけれ心地の悪しさ癒やさるるかな(平仮名のではなく仮名のシステムで作りました。)

      • まりりん より:

        先生、ありがとうございます! 
        紫陽花 と 悪しさ癒 ですね。 素晴らしいです!
        色々作ってみたら楽しそうですね。思いつけば、の話ですが。。

        • 山川 信一 より:

          「紫陽花」を出したのは、まりりんさんへのお答えでした。隠したのは、「悪しき癒」でした。わかっていただけて、よかったです。またやってみましょう!

  2. すいわ より:

    春の鶯に続いて夏鳥の郭公。春に比べたら歓迎されない季節の、涼を感じさせるアイテム。歌の中に郭公の名を探すのと、その声を待ち侘びて耳をすませて聞き取ろうとする様子とがリンクします。郭公の一声に場が響めく様子、「あぁ、皆様、お静かに!聞き逃してしまいます!」なんていう会話が聞こえてきそうです。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、歌の中に郭公の名を探すのと、その声を待ち侘びる心には、似た精神作用がありますね。物名の技巧と現実を今来リンクさせた歌ですね。

  3. すいわ より:

    先生、まりりんさん、素敵ですね、紫陽花尽くし。
    朝寝坊掻き結う髪のまとまらず
    セーラー服の紫陽花もみず
    かたつむりに笑われないよう、早寝早起きを心掛けると致しましょうか、、。

    • 山川 信一 より:

      忙しさは、心のゆとりを失わせますね。*傍らに絶えず歳時記付き合わせ向かへる季節理解深めむ(かたつむり)

      • すいわ より:

        掻き結う(かきゆう→蝸牛)、紫陽花に添わせてみました。
        素敵な返歌をありがとうございました。

        • 山川 信一 より:

          何かあるはずとは思いましたが、わかりませんでした!お見事!!一本取られました。

  4. まりりん より:

    すいわさん、さすがハイレベルですね!
    紫陽花 → かたつむり → お次は、、?

    • 山川 信一 より:

      「かたつむり」を一ひねりして「かぎゆう(蝸牛)」にしたところが素晴らしい。読み手が試されています。

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