海辺の月

八日、さはることありてなほおなじところなり。こよひのつきはうみにぞいる。これをみてなりひらのきみの「やまのはにげていれずもあらなむ」といふうたなむおもほゆる。もしうみべにてよまゝしかば「なみたちさへていれずもあらなむ」とよみてましや。いまこのうたをおもひいでゝあるひとのよめりける、
てるつきのながるゝみればあまのかわいづるみなとはうみにざりける
とや。

八日、障る事有りて猶同じ所なり。今宵の月は海にぞ入る。これを見て業平の君の「山の端逃げて入れずもあらなむ」といふ歌なむ思ほゆる。もし海辺にて詠まゝしかば「浪立ち塞へて入れずもあらなむ」と詠みてましや。今この歌を思ひ出でゝある人の詠めりける、
「照る月の流るる見れば天の川出づる湊は海にざりける」
とや。

さはること:妨げになる事情。出航を妨げるのは、自然だけではない。
やまのはにげていれずもあらなむ:『伊勢物語』八十二段「飽きなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなぬ」月にたとえて、惟喬親王がお休みになるのを惜しんでいる。「なむ」は願望の終助詞。「・・・てほしい」
もしうみべにてよままゝしかば~よみてましや:もし海辺で詠んだら下の句をこう詠んだだろうか。「まし」は反実仮想の助動詞。
なみたちさへて:波が立って邪魔して。
てるつきのながるゝみればあまのかわいづるみなとはうみにざりける:照る月が流れていくのを見ると、天の川が出て行く湊(水の出口)は海であったのだなあ。
にざりける:「にぞありける」が変化した言い方。
とや:・・・とかいうことだ。

問1「「なみたちさへていれずもあらなむ」とよみてましや」からどういう気持ちがわかるか、答えなさい。
問2「てるつきのながるゝみればあまのかわいづるみなとはうみにざりける」にどんな思いを込めているか、答えなさい。

コメント

  1. すいわ より:

    一行の誰かが病気にでもなったのでしょうか?月が出ていたのだから、天候が悪いわけではない。本来なら出航するところ?
    伊勢物語八十二段では業平がまだ飲み足りないと親王がお休みになるのを惜しんでの歌でした。
    問一 出航も出来ず、月も海に沈む。海が荒れて欲しいわけではないけれど、長い夜、せめて月が帰らずにいてくれれば良いのに。
    たびたび伊勢物語を持ってくるあたりがにくいですね。
    問二 上弦の月でしょうか、天の川は海へと注ぎ月の船も海へと漕ぎ出す。これまでなかなか進まない旅路でした。書き手達の乗る船も無事に海へと漕ぎ出せるようにとの思いを感じます。

    • 山川 信一 より:

      『伊勢物語』を度々出して、それとなく同じ作者によるものだとアピールしているような気がしますね。
      「惟喬親王」に当たる人はいたのでしょうか?

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