下人は、守宮のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗いて見た。
今日はあたしの番だ。短いから、やりにくいなあ。でも、なんとかするぞ。
「作者はこの短い段落にどんな役割を持たせたのでしょう?」
「この段落を飛ばして、次の段落を読んでも特に問題無いような気がする。」
「前の段落で持たせた期待にもったいを付けるため。」
「読者を一層下人の立場に立たせるため。」
「一息入れることで、状況をゆっくり飲み込ませるため。」
「なるほど、それなりの役割は有るわけか。そうか、刺激が続きすぎると、効果が薄れるよね。だから、時々、こういう繋ぎの段落が入るんだ。」
「では、比喩について気づくことはないですか?」
「守宮って見たことある?あたしは一度だけ見たことがあるよ。両手両足を広げて、家の壁に張り付いていた。平たいと言えばそうだね。」
「「守宮のように」は、下人の外見の様子だけではなく、心理状態も暗示していると思う。」
「それはどんな?」
「気配を殺してじっとしていようという気持ち。」
前の段落の猫もそうだったけど、動物の比喩が次々に出てくるなあ。これは、形態と同時に心理も表しているんだね。
コメント
下人と守宮、似てますね。夜行性の臆病な生き物。「足音をぬすんで」、そんな風に足を忍ばせて、もう、盗人になる準備が出来ているじゃないか、と闇の住人がニヤリと笑っていそうです。守宮ってカメレオンのように体色の濃淡を環境適応させて変えられますよね。とうとう楼まであと一歩、下人、悪の詰まった世界に染まるのでしょうか。
下人と守宮が似ているというご指摘、納得しました。守宮がカメレオンのように体色の濃淡を変えられるなら、きっと下人もそうです。
ただし、この時の下人がそうだということです。さっきは猫でしたから。コロコロ変わるのが下人なのです。とは言え、それでいて本質は変わりません。さて、悪の世界に染まれるのやら。
ヤモリって読むんですね。
さっきは猫だったのに。
確かに、コロコロ変わるけど、本質は変わらずですね。
納得しました。
またドキドキです。覗いた先はどんな光景だったのでしょうか。
『羅生門』には、読みの難しい漢字が沢山出て来ますね。これはと思うのものには、ふりがなを付けますね。
変わるのは表面的なもので、自分が無く自分では決められないところは変わりません。
表現を味わいながら読み進めましょう。