淡い空色のハンチング

 父親は、村にいるころから、うさぎの毛皮の防寒帽でも麦わら帽でもあみだかぶりにする癖があったが、今度も真新しいハンチングのひさしを上げて、はげ上がった額をまる出しにして帰ってきた。見上げると、その広い額の横じわから上のほうは、そこだけ病んででもいるかのように生白かった。どうやら、工事現場のヘルメットばかりは自分の流儀で気ままにかぶるというわけにもいかないらしい。淡い空色のハンチングは、まだ頭になじんでいなくて、谷風にちょっとひさしをあおられただけで慌てて上から押さえつけなければならなかった。

「父親は、真新しいハンチングをかぶって帰ってきたんだ。それも、淡い空色のハンチングなんだ。これって派手だよね。なんでこんな色にしたんだろう。ハンチング自体が既に派手だけど、自己主張が強くない?」
「帽子は何でもあみだにかぶる癖があったけど、ヘルメットを「自分の流儀で気ままにかぶる」ことができないから、その反動とか?」
「工事現場では、ヘルメットかぶり方だけじゃなくて、すべてが自分の流儀では行かないんじゃない。自分本来の仕事をしていないのよ。」
「じゃあ、その鬱憤を晴らしているのかも。」
「ハンチングは上から押さえつけないと少しの風でも飛んで行ってしまうみたい。なじんでいないと言うよりサイズが合ってないんじゃない。つまりしっくりこない。ハンチングは都会の暮らしを象徴しているような気がするわ。」
「父親は「薄い空色のハンチング」で都会で楽しくやっていると思わせたいんだよ。それは、思いやりであり、見栄なんだ。父親は、本当のことを隠している。家族に心配を掛けたくないからね。」
「何かを隠すことの象徴が薄い空色のハンチングなんですね。手で押さえるのは、それがバレないようにするため。」
 いろいろなことが想像できる。これが唯一の正解ってわけじゃないけど、想像するのは面白いなあ。

コメント

  1. すいわ より:

    うさぎの毛皮の防寒帽、麦わら帽と、ハンチング。田舎と都会を対比していますね。山へ猟に行ったり畑仕事したりするのに被ったであろう帽子と格好だけで用をなさない似合わない帽子。ハンチングも本来狩用の帽子で馬に乗っても脱げないようフィットするよう作られたものなのに、お父さんの頭に収まっていません。それなのにお父さんの額には「そこだけ病んでいるかのよう」な東京の過酷な仕事の証が残っている。明るい空色でなく「淡い空色」というのも、入道雲の似合う真っ青な夏空の青でなく、東京のスモッグに霞んだ空を彷彿として、高村光太郎の「あどけない話」が頭の片隅に浮かびました。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、「淡い空色」から「東京のスモッグに霞んだ空」を連想されましたか。説得力があります。
      ハンチングなら、普通は、グレーとか、臙脂とか、茶色とか、あるいはチェックですよね。
      「そこだけ病んでいるかのよう」とありますが、病んでいるのはお父さんの心なのでしょう。

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