昔、男、狩の使よりかへり来けるに、大淀のわたりに宿りて、斎宮のわらはべにいひかけける、
みるめ刈るかたやいづこぞ棹さしてわれに教えよあまのつり船
男が狩りの使いから帰ってきたので、大淀の渡し場(ここに斎宮がみそぎをする神社があった。)に宿を取って、斎宮の使いの少女(「わらはべ」)に言いかけた、
〈海松布を刈る場所はどこかと棹を差して示して私に教えなさい。漁師の釣り船よ。〉
第六十九段の後日談として読める。男は、使いの少女に斎宮の居場所を尋ねている。恋しい斎宮に逢いたいので、手引きして欲しいと頼んでいるのである。「みるめ」には〈海松布〉と〈見る目〉、「かる」には、〈刈る〉と〈離る〉、「かた」には〈潟〉と〈方〉が掛かっている。
〈お逢いする機会が遠のいてしまった愛しいあの人はどこか、お目に掛かるにはどうしたらよいのか、私を手引きして欲しい、あなた。〉
と言うのが、真意である。大淀にふさわしい題材を巧みに詠み込んでいる。
男は、いけないことだとわかっていても、諦めきれない。思いの深さを歌でわかってもらおうとしている。そう簡単にいかないことはわかっていても、頼まざるを得ないのである。
コメント
お互いに気持ちがありながらの別れでしたから後ろ髪引かれるのでしょう。斎宮の使いの少女はたまたま大淀の渡し場に居合わせたのでしょうか?斎宮と繋がりがあるというだけの少女相手にも凝った歌を詠んでいるところに思いの深さを感じます。この子があの夜、男の泊まる屋敷の庭へ斎宮を案内した少女だとしたら、「だって勅使様に逢ってから、斎宮様、お泣きになっていたもの」と教えてくれなそうな気がします。
この少女はあの時の少女なのか、思わせぶりのところが読者の想像力をかき立てますね。
すべてを言い尽くさないところに良さを見いだしているのでしょう。
すいわさんの想像通りのような気もします。