第五十一段 ~贈り物~

 昔、男、人の前栽に菊植ゑけるに、
 植ゑし植ゑば秋なき時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや

 男が女の家の植え込み(「前栽(せんざい)」)に菊を植えた折に詠んだ、
〈こうしてしっかり植えるなら、秋が無い時は咲かないでしょうか、まあ、咲かないでしょう。でも、秋が無いことは無いから、ちゃんと咲きますよ。花は散ることがあるでしょう。しかし、根まで枯れることがあるでしょうか、ありません。私もあなたのことを忘れることはありません。〉
植ゑし植ゑば」の「」は強意の副助詞で、〈しっかり植えたなら〉の意を表す。「秋なき時や咲かざらむ」の「」は反語を表す係助詞。「花こそ散らめ」の〈こそ・・・已然形〉は以下に逆接で続くことを示す。「さへ」は〈までも〉の意。「枯れめや」の「」は反語を表す終助詞。終助詞は、係助詞よりも気持ちを直接表す。
 男は自分がいない時にも自分を思い出してもらえるようにした。物と言葉が一つになった時、何よりの贈り物になる。

コメント

  1. すいわ より:

    男は庭に菊を植えて女に見せてやる。
    こうしてしっかりと結ばれた私たち、私(秋)がいない時は寂しいでしょう。でも、私が来ないなんて事はないのです、貴女は不安に思う事なく笑顔(咲く)でいられますよ。秋が過ぎ去って花の散ることはあっても、根まで枯れることはありません、また季節が巡って来て必ず花が咲きます。心はいつでも貴女の側に、そう、決して離れる(枯れる)ことなどありません。
    通い婚、ずっと一緒にいるわけではありませんものね。男の、女に対する静かな思いやりと情熱を感じます。

    • 山川 信一 より:

      男の思いが細やかに捉えられています。丁寧な鑑賞ですね。
      「かれる」は、枯れると離れるの掛詞というご指摘、もっともです。
      たとえ体は離れていても、心は一つです。そう言いたいのですね。

  2. みのり より:

    素敵ですね。
    贈り物と言葉に愛を感じました。

    • 山川 信一 より:

      みのりさん、コメントありがとうございます。
      贈り物には、言葉を添えたいですね。できれば、短歌などを。
      でも、短歌は付け焼き刃じゃできませんね。

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