第三十段 ~わずかに逢った女~

 昔、男、はつかなりける女のもとに、
 あふことは玉の緒ばかりおもほえてつらき心の長く見ゆらむ

 恋も様々である。わずかに(「はつかなり」)逢うことしかできなかった女もいる。逢うことはできたけれど、女がなかなか逢ってくれない。女は何かが気にいらないのだ。男は、満たされない思いを歌に詠んで贈る。
〈逢うことは「玉の緒」(=宝石を貫き通す紐)のように短く思われて、その一方で、どうしてあなたの冷たい(「つらき」)心が長く見えているのでしょうか。〉
玉の緒」は、短いことのたとえである。また、「長し」に掛かる枕詞でもある。短長両方に関連する言葉なのである。「玉の緒」によって、逢えない時期の短さと女の冷淡な心が続く長さを対照的に表現している。また、「玉の緒」は命も意味する。自分の命が長くなるのも短くなるのもあなた次第だとも言っているのだろう。「見ゆらむ」の「らむ」は、現在推量の助動詞で、ここでは原因理由の推量。
 男は、凝った歌を贈ることで、自分の教養をアピールしている。また、凝った歌を贈ることは愛情の表れでもあるから、同時にそれも訴えている。
 さて、思いは伝わったか。女の心は動いたか。自らの気持ちを取るか、相手の思いの強さを取るか、女は迷っているのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    玉の緒を貫き通す糸、つらき心の音が似ていて(心を貫く)、男の胸の痛みが伝わってきます。今朝は雨だからでしょう、糸に通った数々の宝石から、雨粒を受けた蜘蛛の巣の様が連想されました。
    蜘蛛と言うとあまり良い印象を持たれませんよね。でも、古い時代の着物に蜘蛛の巣の模様て案外普通に取り入れられていて驚いたことがあります。幸せを掴む、縁起のいいものとされていたらしく、朝に蜘蛛の巣が下がると待ち人が来る、と聞いたこともあります。
    男は訪ねていく側だけれど、逢えるといいですね。

    • 山川 信一 より:

      連想が蜘蛛の糸に行きましたか。豊かな想像力に毎回感服します。
      それにしても多くの虫たちの中で、蜘蛛は特別の地位に就いていますね。人の想像力を刺激するのでしょう。
      それにしても、すいわさんは、この男に優しいですね。
      すいわさんのような優しい方がいるから、泣き落としが通用するのかもしれませんね。

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