古典

偽りなき我心を厚く信じたれば

此日は飜訳の代《しろ》に、旅費さへ添へて賜《たま》はりしを持て帰りて、飜訳の代をばエリスに預けつ。これにて魯西亜より帰り来んまでの費《つひえ》をば支へつべし。彼は医者に見せしに常ならぬ身なりといふ。貧血の性《さが》なりしゆゑ、幾月か心づかで...
古典

いかで命に従はざらむ

一月ばかり過ぎて、或る日伯は突然われに向ひて、「余は明旦《あす》、魯西亜《ロシア》に向ひて出発すべし。随《したが》ひて来《く》べきか、」と問ふ。余は数日間、かの公務に遑《いとま》なき相沢を見ざりしかば、此問は不意に余を驚かしつ。「いかで命に...
古典

余は心の中に一種の寒さを覚えき

別れて出づれば風面《おもて》を撲《う》てり。二重《ふたへ》の玻璃《ガラス》窻を緊しく鎖して、大いなる陶炉に火を焚きたる「ホテル」の食堂を出でしなれば、薄き外套を透る午後四時の寒さは殊さらに堪へ難く、膚《はだへ》粟立《あはだ》つと共に、余は心...