古典

此刹那、低徊踟蹰の思は去りて

我心はこの時までも定まらず、故郷を憶《おも》ふ念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせしが、唯だ此刹那《せつな》、低徊踟蹰《ていくわいちちう》の思は去りて、余は彼を抱き、彼の頭《かしら》は我肩に倚りて、彼が喜びの涙ははら/\と肩の上...
古典

足の糸は解くに由なし

嗚呼、独逸に来し初に、自ら我本領を悟りきと思ひて、また器械的人物とはならじと誓ひしが、こは足を縛して放たれし鳥の暫し羽を動かして自由を得たりと誇りしにはあらずや。足の糸は解くに由なし。曩《さき》にこれを繰《あや》つりしは、我《わが》某《なに...
古典

神も知るらむ

大臣は既に我に厚し。されどわが近眼は唯だおのれが尽したる職分をのみ見き。余はこれに未来の望を繋ぐことには、神も知るらむ、絶えて想《おもひ》到らざりき。されど今こゝに心づきて、我心は猶ほ冷然たりし歟《か》。先に友の勧めしときは、大臣の信用は屋...