古典

黒がねの額はありとも

黒がねの額《ぬか》はありとも、帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の錯乱は、譬《たと》へんに物なかりき。余は道の東西をも分かず、思に沈みて行く程に、往きあふ馬車の馭丁に幾度か叱《しつ》せられ、驚きて飛びのきつ。暫くしてふ...
古典

嗚呼、何等の特操なき心ぞ

二三日の間は大臣をも、たびの疲れやおはさんとて敢《あへ》て訪《とぶ》らはず、家にのみ籠り居《をり》しが、或る日の夕暮使して招かれぬ。往きて見れば待遇殊にめでたく、魯西亜行の労を問ひ慰めて後、われと共に東にかへる心なきか、君が学問こそわが測り...
古典

産れん子は君に似て黒き瞳子をや持ちたらん

戸の外に出迎へしエリスが母に、馭丁を労《ねぎら》ひ玉へと銀貨をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。一瞥《いちべつ》して余は驚きぬ、机の上には白き木綿、白き「レエス」などを堆《うづたか》く積み上げたれば。  エリスは...