2020-07

古典

余は時計をはづして

我が隠しには二三「マルク」の銀貨あれど、それにて足るべくもあらねば、余は時計をはづして机の上に置きぬ。「これにて一時の急を凌《しの》ぎ玉へ。質屋の使のモンビシユウ街三番地にて太田と尋ね来《こ》ん折には価を取らすべきに。」 少女は驚き感ぜしさ...
古典

人に否とはいはせぬ媚態あり

彼は優《すぐ》れて美なり。乳《ち》の如き色の顔は燈火に映じて微紅《うすくれなゐ》を潮《さ》したり。手足の繊《かぼそ》く裊《たをやか》なるは、貧家の女《をみな》に似ず。老媼の室《へや》を出でし跡にて、少女は少し訛《なま》りたる言葉にて云ふ。「...
古典

そが傍に少女は羞を帯びて立てり

余は暫し茫然として立ちたりしが、ふと油燈《ラムプ》の光に透して戸を見れば、エルンスト、ワイゲルトと漆《うるし》もて書き、下に仕立物師と注したり。これすぎぬといふ少女が父の名なるべし。内には言ひ争ふごとき声聞えしが、又静になりて戸は再び明きぬ...