《いかに口説くか》

題しらす 読人しらす

たきつせのなかにもよとはありてふをなとわかこひのふちせともなき (493)

滾つ瀬の中にも淀はありてふをなど我が恋の淵瀬ともなき

「水が逆巻く瀬の中にも淀みはあると言うのに、どうして私の恋は淵も瀬も無いのか。」

「てふを」の「てふ」は「・・・と言う」の意。「を」は、接続助詞で逆接を表す。「など」は、副詞で疑問を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「なき」は、形容詞「なし」の連体形。
水が逆巻く浅瀬の中にも流れが滞る所があると言うのに、どうして私の恋は、淵も瀬も無くて、滾つ瀬ばかりなのでしょうか。あなたへの激しい思いがひたすら続くばかりで心安まる時がありません。安らぎの時間を与えられるのはあなたしかいません。
川の水を題材にした歌が続く。「淵」は、「淀」の言い換え。前の歌の吉野川のイメージを引き継いでいる。まず、そこには、水が逆巻く急流もあれば、浅瀬や流れが滞る淵があると思わせる。その上で、自分の心安まる時のない激しい恋の苦しさを訴える。その結果、相手には、滾つ瀬と詠み手の恋心が重なって感じられる。自然の風景を巧みにたとえに用いて、相手の心を動かそうとしている。

コメント

  1. まりりん より:

    私の心もこの身も、激しく逆巻く瀬にのみ込まれてしまいそうです。いっそそうなって消えてしまった方が、この苦しみから逃れられるのに。
    吉野川の流れの激しさが、恋心の激しさと重なります。

    • 山川 信一 より:

      歌の出来も、恋の行方も、たとえにかかっているようです。「滾つ瀬」を想像させて、それよりもと言うのです。いかに恋心が募っているかがわかります。さて、相手はどう思ったか?

  2. すいわ より:

    誰もがイメージしやすい景色を詠う事で自分の思い、一途さをアピール。自然の理に反するほどの、止めようのない気持ち。溢れんばかりの、この緩急の無さが恋。走り続ける辛さすら置き去りに自らの全部を恋に注ぐ。圧倒されて少し逃げたくなるかも。

    • 山川 信一 より:

      今の思いを的確に表しています。しかし、それによって相手の心を摑めるかどうかはまた別問題。相手は「圧倒されて少し逃げたくなる」かも知れませんね。恋の難しいところです。

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