《物名の作り方》

ささ、まつ、ひは、はせをは  きのめのと(紀乳母)

いささめにときまつまにそひはへぬるこころはせをはひとにみえつつ (454)

いささめに時待つ間にぞ日は経ぬる心ばせをば人に見えつつ

「かりそめに時を待つ間に日は経ってしまった。気持ちを人に見せながら。」

「(間に)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「経ぬる」の「経」は、下二段活用の動詞「ふ(経)」の連用形。「ぬる」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形。ここで切れる。「(心ばせ)をば」の「を」は、格助詞で対象を表す。「ば」は、係助詞「は」が濁ったもので、取り立てを表す。「見えつつ」の「見え」は、下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形で「見せる」の意を表す。「つつ」は、接続助詞で反復継続を表す。
ほんの少しと思って恋人に逢う時を待つ間に幾日も経ってしまったことだ。自分の気持ちを相手にそれと見せながら。
恋は相手との駆け引きでもある。うっかり手の内を見せてしまって、相手のペースにはまってしまったという思いを詠んだ。これもよくある恋の一面である。
さて、ここで内容と表現の関係について考えてみる。普通、表現は内容に即して生み出されるものである。しかし、その逆を行ったのが物名である。表現に合わせて内容を考えるのである。では、この歌は、題があってその後に作ったのだろうか。そうであれば、その技巧は大したものである。前の歌では、物名の種が尽きたように見せかけて、ここでは四つの植物を詠み込んでみせる。これぞ物名と、技巧を印象づけたことになる。ここに編集の妙を感じる。しかし、別の可能性も考えられる。つまり、既にできあがっている歌の中に題になる言葉を探し出すのである。こういうタイプの物名もあるに違いない。この歌は、どちらの場合も有り得るが、この位置に置かれているところから、後者の確立が高そうだ。

コメント

  1. すいわ より:

    「ささ(笹)」「まつ(松)」「ひは(檜葉)(枇杷)」これはどちらでしょう?「はせ(櫨)」5種類見つけましたが4文字のものが見つかりません。
    なるほど、453番の歌と並べる事で掛詞と物名の違いがわかりやすいです。仰る通り、既存の歌から物名を探してここに配したのでしょう。物名とは違うのでしょうけれど、「いろはうた」って凄いですね。

    • 山川 信一 より:

      四文字の植物は、「芭蕉葉」でした。バナナの木ですが、昔からあったのですね。「びは」は、枇杷でした。
      既存の歌から物名を探すという楽しみもありますね。天井の木の木目に何かを見つけるように。
      確かに「いろはうた」は良くできています。でも、これは作れない訳じゃありません。これ以外にも沢山あります。実は我々でも作ろうと思えば出来ないことはありません。それなりのが出来ますよ。

      • すいわ より:

        芭蕉布のバショウですね。「はせを」と表記するのですね、「はせう」だと思っておりました。日本の芭蕉は実が取れるほどではなかったのか、織物繊維のイメージの方が強いです。

        • 山川 信一 より:

          芭蕉は普通「ばせう」と表記しますが、「芭蕉葉」は、「ばせをば」と表記しています。
          芭蕉は、日本では実が育たないので、鑑賞と織物繊維として育てていたのでしょう。

  2. まりりん より:

    笹、松、ヒバ、、
    もうひとつは、わかりません。 

    物名、確かに後から見つけることもあるでしょうね。その方が、歌としては自然だし、完成度も高いでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      和歌は仮名だけで書かれていますから、意味を取るのに少し時間が掛かります。そんな時に誤読しながら、いろんな語を見つけることがありそうですね。どんな歌でもひとつぐらいは見つかりそうです。いっぱい見つかる歌は、それなりに評価が高そうですね。

  3. まりりん より:

    ヒバではなくて枇杷でしたか。仮名だけだと分からないですね。芭蕉葉は知りませんでした。また一つ知識が増えました。

    • 山川 信一 より:

      これは仕方がありません。「ひは」は、檜葉もあり得ます。むしろ、葉が並んでいますから、檜葉が正解かも知れません。

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