《題を隠す》

かにはさくら つらゆき

かつけともなみのなかにはさくられてかせふくことにうきしつむたま (427)

潜(かづ)けども浪の中には探られで風吹く毎に浮き沈む玉

「潜っても波の中には探せないで、風が吹く毎に浮き沈む玉であることよ。」

「かにはざくら」は、山桜の一種。上溝桜とも樺桜とも言う。「(探られ)で」は、打消の意を伴う接続助詞で「・・・ないで」の意。
水に潜って取ろうとしても波の中では取ることができないで、そのくせ風が吹く度に浮いて見え沈んで隠れる波の玉であることよ。いくらでも見えるのに取れないのは、納得がいかない。
波によって生じる水玉を真珠に見立てた。それを取りたいと思っても、取れないことを嘆く。この時代の人は、涙にせよ草に置かれた露にせよ滝や波のしぶきにせよ、その丸い粒を玉のように美しいと思い、それを捉えることが不可能であると嘆いてみせた。この歌もそうした思いを詠んだ歌である。その意味では有りがちな内容である。そして、肝心の物名である。この歌では、「かにはざくら」が主題にはなっていない。「かにはざくら」の情緒はどこにも感じられない。むしろ、いかに「かにはざくら」という名前を隠すか、いかに「かにはざくら」の原形を留めないか、いかに「かにはざくら」からは離れるかに徹している。したがって、この歌は、内容よりも技に徹し、そこに物名の歌の価値を見出している。

コメント

  1. すいわ より:

    なぜ、この並び順にしたのだろうと思いました。動物編、植物編で季節を追った形にしたのでしょうか。「梅」の2文字でじたばたしてしまうくらいなので「かにはさくら」、5文字を詠み込むとなると、かなり高度なテクニックを要することが想像できます。とても実験的でそれを見せることで実践を促しているのですね。

    • 山川 信一 より:

      どうしてでしょうな。最初に題と内容が一致した歌を持ってきたからでしょうか。それが動物だったとか。この先は一致しない歌が多くなります。作るのが困難ですから。そして、植物が並びます。平安人の関心は植物の方が強かったのでしょう。

  2. まりりん より:

    このように歌の内容と関連がない物名を隠すのも、「あり」なのですね。お題があるから何とか探せますが、ぼうっと詠んでいたら気付かずスルーしてしまいそうです。

    自然の中に見つけた美しいもの。それを取りたいと思っても不可能なものは、たくさんありますね。玉ではないけれど、たとえば「雲」もそうですよね。

    • 山川 信一 より:

      内容と題の一致を諦めた感じもします。かなり難しい。無理に作ると、こじつけになります。それならば、むしろ隠す法に徹した方がすっきりする、そう考えたのでしょう。
      「雲」もそうですね。だから、人は詩を作るのでしょうね。心の中に捉えておこうとして。

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