《言葉と思い》

とよめりけるかへし  兼覧王(かねみのおおきみ)

をしむらむひとのこころをしらぬまにあきのしくれとみそふりにける (398)

惜しむらむ人の心を知らぬ間に秋の時雨と身ぞふりにける

「と詠んだ返し 兼覧王
惜しんでいてくれるあなたの心を知らぬ間に秋の雨は降り私の身は老いてしまった。」

「(惜しむ)らむ」は、現在推量の助動詞の連体形。「(知ら)ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「(身)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「ふり」は、「降り」と「古り」の掛詞。「にける」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「ける」は、詠嘆の助動詞「けり」の連体形。
あなたが「愛しい」と言ってくれるからには、本当にそう思っていてくれているのだろう。そう思っていてくれる人の心を知らない間に、秋の時雨は降り、私の身もすっかり年老いてしまったなあ。あなたがそばにいてくれるなら、そんなこともなかったかもしれないね。帰ってしまうのがとても寂しい。
自分の老いを嘆いているようにみせて、その実、自分もあなたが名残惜しく愛しいという思いを伝えている。言葉と思いは、一致しないのがむしろ普通である。
ただし、別の含みもあるかも知れない。大胆に考えてみる。この接待は、『古今和歌集』編纂の労を労ったものだった。『古今和歌集』の編纂は、順調に進んでいる。そこで、兼覧王は完成が待ち遠しくて、自分が年を取る前に早く完成してほしいと完成を促している。この歌は、小野小町の「花の色は移りにけりないたづらにわか身世にふるながめせしまに」(113)に似ている。「そうそう、『古今和歌集』の編纂、これからもよろしくお願いしたい。いい歌集になりそうだ。私のこの歌は小野小町の歌を踏まえて作ったものだ。当然あの歌は入っているね。」こんな思いを込めたのかも知れない。

コメント

  1. すいわ より:

    思われていることにも気付かず、季節は巡り終わりに近づいて来てしまっていたことだなぁ、、。そうですね、表向きにはそうだけれど、先生の「深読み」!これは『古今和歌集』と言う物語を最初から一つ一つ丁寧に読み込んでいなくては見えて来ない世界ですね。貫之の編集ですもの、仕掛けのない筈がない。恐れ入りました。

    • 山川 信一 より:

      『古今和歌集』を読む楽しさにこんな想像もあります。解釈の先に鑑賞があり、その先に想像と創造があります。読むことを楽しんでいきましょう。

  2. まりりん より:

    上面の文字通りに読んでいては真の意味を掴めない。言葉の裏に隠れている気持ちを深読みしないと、このような歌は理解できませんね。
    「身ぞふりにける」は、私自身が最近殊に実感しているところです。ぼうっと過ごしている間に、何も進捗しないままに歳だけ取ってしまって、、困ったものです。。

    「雨降り」と「身がふる」は、しばしば掛けて詠まれますね。言葉の持つ悲哀のイメージがそのようにさせるのでしょうか。

    • 山川 信一 より:

      言葉は状況の中で使うものです。状況次第でいかなる意味にもなります。だから、事実と意見を区別することができません。何が言いたいのかをよく考えたいものです。
      「身ぞ古りにける」は、誰しもの感慨です。せめてやり甲斐のあることをしていきましょう。
      雨の日は気が晴れないことが多く、我が身に思いが及ぶからでしょうね。

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