《命の杖》

仁和のみかとのみこにおはしましける時に、御をはのやそちの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をはにかはりてよみける 僧正へんせう

ちはやふるかみやきりけむつくからにちとせのさかもこえぬへらなり (348)

ちはやぶる神や剪りけむ突くからに千年の坂も越えぬべらなり

「光孝天皇が親王でいらっしゃった時に、叔母様の八十歳の賀に銀を杖に飾ったのを見て、あの叔母様に代わって詠んだ 僧正遍昭
神が剪りだしたのだろうか。その杖を突くと、千年の坂も越えてしまいそうだ。」

「ちはやぶる」は、「神」に掛かる枕詞。「(神)や」は、係助詞で疑問を表し、係り結びとして働き文末を連体形にする。「けむ」は、過去推量の助動詞「けむ」の連体形。ここで切れる。「(突く)からに」は、接続助詞で後に述べる事柄がそこから始まる意を表す。「越えぬべらなり」の「越え」は、ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の連用形。「ぬ」は、完了の助動詞「ぬ」の終止形。「べらなり」は、推量の助動詞「べらなり」の終止形。
(光孝天皇が叔母様に銀の飾りの付いた杖を作って贈った。そこで、叔母様に代わってお礼の気持ちを歌にする。)その杖は、神が剪り出した木で造ったのでしょうか、神の威力に満ちております。それを突くと、これから過ごしていくはずの厳しい千年の齢だって越えてしまいそうです。天皇のお心遣いを有り難く嬉しく存じております。
天皇が叔母に贈った銀の飾りの付いた立派な杖を形容するために、神が剪り出したと表現した。この叔母は、「御叔母」とあるから、天皇の叔母であろう。杖の白金から銀髪であることが連想される。叔母は寄る年波で足腰が弱っているのだろう。足腰の弱った人にとって、坂道は何より辛い。けれど、この杖があれば、どんなに厳しい坂でも、これから千年だって越えられると言う。こうして、長寿を祝ってくれる天皇への感謝の気持ちを伝えている。

コメント

  1. まりりん より:

    銀が装飾された杖、何と贅沢なのでしょう! 神から賜いし杖、まるで魔法の杖ですね。この杖をつけば、途端に身体は軽くなって、曲がった膝や腰はシャンと伸び、急な坂も楽に駆け上がることができる。ついでに白髪まで黒々と、若返ったりして。。

    すいわさん、いつもながらの素晴らしい想像力で、素敵な物語を紡いでくださる予感が。。

    • 山川 信一 より:

      贈り物は、物に託して心を贈るための手段。銀の杖からは、叔母を思う天皇の心が並々ならぬものであったことがわかります。歌からは、それを受け取った叔母の喜びの程が伝わって来ます。僧正遍昭の歌は、その思いを見事に表していますね。

  2. すいわ より:

    現実的にこの時代で80歳ともなれば、坂道どころか平地であっても立って歩く事すら厳しいかもしれません。敢えてそれでも立派な美しい設えの杖を贈る親王の心は、「実際歩く事でなくとも私がいつでもお支え致します」という叔母への愛情のように思えます。それにそんなに素敵な杖を見たら、歩いてみようという意欲がわくかもしれません。そんな気持ちを汲み取った上で親王への叔母の謝意を代弁する僧正遍昭。
    歌の「(か)みや(き)りけむ(つ)くからに(ち)とせの(さ)かもこえぬへらなり」と、音がシャープで力強さを感じさせます。

    • 山川 信一 より:

      そうですね。銀の杖は、実用よりも心を伝えるためのもの。叔母は天皇の思いをどれほど喜んだことでしょう。僧正遍昭の歌はそれをよく代弁していますね。
      なるほど、子音がK・T・Sとシャープで、力強さを感じますね。まりりんさんの言う「神から賜いし杖、まるで魔法の杖ですね。この杖をつけば、途端に身体は軽くなって、曲がった膝や腰はシャンと伸び、急な坂も楽に駆け上がることができる。」に通じます。そう言えば。「ちはやぶる」も子音がTですし、かつ、この語の意味にも力強さを感じますね。

  3. すいわ より:

    調子に乗って妄想劇場、、、

    『命の杖』

    「、、杖ですか、、」
    「そう、叔母上の八十のお祝い。長もので。何より、この銀の飾りがこの上なく美しいであろう?」
    「左様でございますなぁ、実に立派なお品で。(親王様は叔母様っ子でいらっしゃるからなぁ。でも、如何にせん八十というお年では折角の杖も使われる機会があるものか、、)」
    「幼い頃、この庭で良く遊んで頂いた。この手を引いてもらって一緒に花を摘んだり、池の魚を覗いたりしたものだ。今度は私が叔母上をお支えしたいのだ。」
    「何よりのことと存じます。」

    そして八十の賀
    「まぁ!親王様から、このような美しいものを賜りました。親王様はお小さい時にも手ずから常夏を摘んで私にお渡し下さった。その頃からこの上なくお優しい。なんと嬉しい、ありがたいこと、、。」
    溢れるような笑顔、銀の細工に映ったその面差しはまるで幼女のようだ。

    ちはやふるかみやきりけむつくからにちとせのさかもこえぬへらなり 

    銀の杖が叔母様のお心に若返りのまじないをかけましたね。きっと若返った分、長生きなさいましょう。親王様、お心はしっかりと届いたようです。

    まりりんさんの物語も是非。

    • 山川 信一 より:

      お見事です。こんなやり取りがあったように思えてきます。まりりんさんの期待にも応えているでしょう。

  4. まりりん より:

    パチパチパチパチ!!
    すいわさん、素晴らしいです!
    アニメーションを付けたくなります。
    このような物語を読んでしまった後に、、私は何も浮かびません。。
    そのうちに、何か語り始めるかも。。

    • 山川 信一 より:

      生徒同士のこうしたやり取りは嬉しいです。これだけでも「国語教室」を始めた甲斐がありました。

    • すいわ より:

      まりりんさんの「魔法の杖」の発想から生まれたお話です。一人ではこの歌の世界をここまで広げられません。
      共に学べる事に感謝。この場を作ってくださっている先生に感謝致します。
      まりりんさんのお歌も、私、好きです。また是非、ご披露を。

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