《水の秋》

たつた河のほとりにてよめる 坂上これのり

もみちはのなかれさりせはたつたかはみつのあきをはたれかしらまし (302)

紅葉葉の流れざりせば竜田河水の秋をば誰か知らまし

「竜田川の辺で詠んだ  坂上是則
もし紅葉の葉が流れなかったら、龍田河は水の秋を誰が知るだろうか、誰も知らない。」

「なかりせば」の「せ」は、サ変動詞「す」の未然形。「ば」は、接続助詞で仮定条件を表す。「秋をば」の「ば」は、係助詞「は」が濁ったもので、取り立てを表す。「誰か知らまし」の「か」は、係助詞で疑問を表し、係り結びとして働き文末を連体形にする。「まし」は、反実仮想の助動詞「まし」の連体形。
山の秋は木の葉が紅葉するから誰でも知っている。しかし、水の秋となると、水には色の変化が無いからわかりにくい。それでも、紅葉が流れることによって、竜田河の水にも秋が来たことがわかる。流れる紅葉こそが水の秋なのだ。
作者は、次のように考えたのだろう。秋は全ての物に訪れる。それぞれの仕方で、秋の到来を知らせてくれる。それが山なら木々が紅葉することでわかる。ならば、透き通っている水はどうなのか。水にも秋は来るはずだ。そうか、それが流れる紅葉なのだと。
この歌は、「水の秋」という捉え方に独自性がある。流れる紅葉を「ちはやぶる神世も聞かず竜田川唐紅に水括るとは」では、水が真っ赤な括り染めになったと捉えた。それに対して、この歌では、「水の秋」と捉えたのである。作者は、流れる紅葉を「水の秋」と捉えてこそその美しさが味わえるのだと言いたいのだ。
そして、他にも「空の秋」「風の秋」「火の秋」「浜の秋」「海の秋」など様々な秋があることを思わせている。

コメント

  1. すいわ より:

    川を見つめる是則
    山の神は木の葉の幣を振って秋を見送ったけれど、では、水の神、水底の竜王は?常に無色透明、変化のない水、季節の移ろいをどうして知るのか。
    紅葉は川の上にも降り注ぎ、行く秋を水中にも知らせる。水面の天井を見上げ、「あぁ、美しく着飾って、挨拶に参られたか。名残を惜しむ間も無く行ってしまわれるのだなぁ」と水草の幣を振る、、
    宮沢賢治の「やまなし」ではないけれど、山と川を対比して水底のそんな様子を思い浮かべてしまいました。

    • 山川 信一 より:

      山の神に対して川の神ですか。それぞれがそれぞれの幣で秋を見送るのですね。なんと豊かな想像力でしょう。これはもう、鑑賞を超えて創造の域に入っていますね。楽しくなってきました。

  2. まりりん より:

    水の秋 とは、そういうことなのですね。タイトルだけ見た時はわかりませんでした。色々な方法で、秋を、季節を感じることができるのだ、と教えられた気がします。ちはやぶるー の真っ赤な水と、この歌の透明な水。同じ情景を対照的な色彩感で詠んでいますね。
    先生が仰る様々な秋を、周囲の物に見つけてみようかと思います。何だか楽しそうなので。

    すいわさんは、いつもながら唸ってしまいそうな素敵な鑑賞をされますね。見習いたいです。

    • 山川 信一 より:

      水は透明で変わらないけれど、紅葉が水を秋色に染めていると言うのでしょう。
      様々な秋、面白そうですね。ありきたりではない秋がいいかも。「壁の秋」「ベッドの秋」「枕の秋」「カーテンの秋」「電線の秋」「時計の秋」「ボールの秋」・・・取り敢えず身近にあるものを言ってみました。何だか詩が生まれそうです。
      コメンター(学生)同士が刺激し合って、学びを深めていく。その場を提供するのも教師の役割です。その場をこそ「教室」と言うのです。

    • すいわ より:

      まりりんさん、有難うございます。まりりんさんこそ、さらりと歌を詠まれて、さすが先生の生徒さんだった方だなぁと、コメント楽しみに拝見させて頂いております。
      私は文学を学んだ訳でもなく、知らないからこその何でもアリな、とんでもないコメントをいつも書いてしまうのです。そんなコメントにも先生は丁寧にお答え下さり、学校時代には苦手だった筈の古文、楽しく学ばせて頂いております。
      きっとこの『国語教室』お読みの方、大勢いらっしゃると思うのですが、「まりりん」さんや「らん」さんのコメントを拝見すると、一緒に学ぶクラスメイトがいるように思えてとても嬉しいです。自分以外の人の考えに触れられるのも本当に勉強になります。これからも、この「教室」でお会い出来ますように。

      • まりりん より:

        すいわさん、あたたかいお言葉ありがとうございます。私は、在学中は教室の隅っこで落ちこぼれていて、古文などはひどい成績を頂いていたのです。先日、同窓会の会報誌で先生のこの国語教室のことを知って、覗いてみたら不思議と楽しくて。。恐る恐るコメントしたら、先生は熱心で親切で、クラスメートは優秀で暖かく、このお教室は今ではとても心地の良い居場所になっています。卒業してから35年近くも経っているのに、今もこうして学びの場を与えてくださっている先生に感謝です。

        • 山川 信一 より:

          まりりんさん、嬉しいコメントありがとうございます。あなたは、あの時の中一だったのですね。教えた人は、何となくわかります。実は、すいわさんには感じませんでした。
          こうした学びの場をご提供できたことをとても嬉しく思います。これからも共に学び合っていきましょう。どうぞよろしくお願います。

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