人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよめる つらゆき
さきそめしやとしかはれはきくのはないろさへにこそうつろひにけれ (280)
咲き初めし宿し替はれば菊の花色さへにこそ移ろひにけれ
「人の家にあった菊の花を移し植えてあったのを詠んだ 貫之
咲き始めた宿を替わったので、菊の花は色までも変わってしまったなあ。」
「咲き初めし」の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「宿し」の「し」は、強意の副助詞。「替われば」の「ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「色さへにこそ」の「さへに」は、副助詞で添加を表す。「こそ」は係助詞で強調を表し、係り結びとして働き、文末を已然形にする。後の文に逆接で繋げる。「移ろひにけり」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形で、「けり」は詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
人の家に咲いていた見事な菊をもらってきて、我が家に移し植えた。ところが、場所が変わったために、花の色までも変わり衰えてしまったなあ。しかし、菊は多年草だから、来年以降はちゃんと咲いてくれるのではないか。
菊は移し替えたために色が衰えてしまった。そこで、やはり咲き始めた場所に置いておけばよかったのだろうか、欲を出して自分の家に移し替えたのが悪かったのかと後悔する。その一方で、来年以降は我が家の庭に馴染んで、きっと見事に咲いてくれるはずと期待もしている。「こそ・・・已然形」の係り結びによって、こうした裏腹な思いを伝えている。また、この歌は婚姻などの人事についての比喩のようにも感じられる。
コメント
この気持ち、よく分かります。いいなぁと思って譲り受けたものの、自分の手元で枯らしてしまったらどうしよう、一時的に弱ってもどうか根付いて欲しい、、。
咲き揃った所から一株譲り受けて庭に植え替えたものの、首を垂れて萎れている。うつろい菊、普通なら色の変化を楽しんで愛でる所、皆から離されてうち萎れ、泣いて目が赤くなっている少女を思わせます。可哀想なことをしてしまったなぁ、、と。どうか我が家に根付いて泣かずに元気に頬染めて欲しい。貫之、優しいですね。「人事についての比喩」、頷けます。
すいわさんも少女を連想しましたか。下働きの少女でしょうか。それとも、妻の一人でしょうか。移し替えた菊とイメージが重なりますね。深みのある歌になっています。