《罪な花》

題しらす をののよし木

をみなへしおほかるのへにやとりせはあやなくあたのなをやたちなむ (229)

女郎花多かる野辺に宿りせば文無くあだの名をや立ちなむ

「題しらす  小野美材
女郎花が多く咲いている野辺にもし宿りをしたら、言われなく私は浮気者の名を立ててしまうのだろうか。」

「多かる」は、形容詞「多し」のカリ活用の連体形。「宿りせば」の「せ」は、サ変動詞「す」の未然形。「ば」は、接続助詞で仮定条件を表す。「や」は、係助詞で疑問を表す。係り結びとして働き、文末を連体形にする。「立ちなむ」の「な」は自然的完了の助動詞「ぬ」の未然形。「む」は未確定の助動詞「む」の連体形。
秋になり、野の辺りには女郎花が沢山咲いている。その美しさに、このまま野に宿を取って、女郎花に囲まれて寝たくなる。しかし、もしそんなことをしたら、あいつは多くの女性の中で寝ようとする浮気者だとの名が立ってしまうに違いない。さてどうしたものか。
女郎花がいかに罪な花なのかを言う。もはや女性を意識することなく、その花を意識することができない。それは、心のままに女郎花を愛でることも、女郎花が咲く秋の野に宿ることさえもさせないほどだ。本当は、こんな名前を付けた人に罪があるのだけれど。

コメント

  1. すいわ より:

    「あだ名」の立つことを心配する詠み手、「女郎花」と名付けられてしまったばかりに思いもよらない罪を負わされる野の花。
    徒然草214段、前回の228番の歌と「名」について考えさせられます。
    秋の色を失った枯れ野に咲く女郎花、鮮やかな黄色が風に靡いて、手招きされ誘われているような錯覚に陥る。「女郎花」の名でなかったら?それはそれで「美しい」と感じるのでしょうけれど、その名があればこそ、そこからドラマが展開していくのですね。

    • 山川 信一 より:

      当時も、男女関係に強い関心があったのですね。花にまで気を遣うのですから。現代は、好みが多様化していますが、それでも共通の関心事であることに変わりありません。

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