《秋の夜の幻想》

寛平御時きさいの宮の歌合のうた  藤原菅根朝臣

あきかせにこゑをほにあけてくるふねはあまのとわたるかりにそありける (212)

秋風に声をほに上げて来る舟は天の門渡る雁にぞありける  藤原菅根朝臣

「宇多天皇の御代皇后温子様の歌合わせの歌
秋風に声を高く上げてくる舟は、天の川の渡し場を渡る雁であった。」

「ほ」は、〈物の、人の目に目立つようになっている部分〉(秀・穂)の意を表す。ここでは、それを耳に転用して、〈耳にひときわ高く聞こえてくる〉の意を表す。更に、「ほ」に「帆」を掛けて、「舟」の縁語とした。「ぞ」は、係助詞で強調を表し、係り結びとして働いている。文末を連体形にする。「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形。あることに気づいて感動する意を表す。
雁のひときわ高い声が聞こえてくる。夜空を見上げると、秋風に、帆をいっぱいに張って来る舟が見える。何だと思ったら、何とそれは、天の川の渡し場を渡る雁であったのだ。
秋風が吹く中、雁が天の川を声を上げて横切って行く。その印象を詠んでいる。雁が秋風に帆をいっぱいに張って、天の川を渡って行く舟に見えたと言うのだ。白い天の川と黒い影のような雁のコントラストとひときわ高く聞こえる声の印象が、帆をピンと張る舟を連想させたのだ。作者が夜空に、七夕とはまたひとつ違った趣を感じていることが伝わってくる。秋の夜は、人にこんな幻想を抱かせると言うのだ。

コメント

  1. すいわ より:

    「さぁ、秋がいよいよ到来した」と、その訪れを先触れするかのように、声高く空を行く雁。その姿を天の川を渡る舟と見立てたのですね。秋の風をその帆いっぱいにはらみ進む舟。勢いのある様が実り豊かに満ちて行く秋を思わせます。
    夏に続いて「天の川」、活躍しますね。秋になると宵の明星が見られ始めると思うのですが、月にはかなわないのでしょう。当時なら今より星も見えやすかったはずなのに、「天の川」という流れとして捉えられる他に「星」の出番、なかなか無いと、ふと思いました。

    • 山川 信一 より:

      やはり、秋はロマンチックな季節ですね。想像力が刺激されます。
      星は、『万葉集』には、明けの明星を示す「明星(あかぼし)」、宵の明星を示す「夕星(ゆふづつ)」が出て来ます。平安時代にも星は意識されていました。たとえば、『枕草子』には、「星は すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」とあります。でも、『古今和歌集』では、彦星と織姫星が天の川の中で意識されるだけですね。題材を絞ったのでしょう。
      ちなみに、明治になってから与謝野鉄幹は『明星』という雑誌を刊行しました。星への関心はいつの時代も変わりません。

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