《不揃いな秋》

題しらす  よみ人しらす

いとはやもなきぬるかりかしらつゆのいろとるききももみちあへなくに (209)

いと早も鳴きぬる雁か白露の彩る木々ももみぢ敢へなくに

「何とも早くも鳴いてしまった雁だなあ。白露が彩る木々も紅葉しきれないのに。」

「早も」の「早」は形容詞「早し」の語幹で、詠嘆を表す。「も」は、係助詞で、文末の終助詞「か」と呼応して、詠嘆の気持ちを強めている。「ぬる」は自然的完了の助動詞「ぬ」の連体形で、始まりを意味する。「雁か」の「か」は、詠嘆の終助詞。ここで切れる。「木々も」の「も」は、係助詞で、類似の事態の一つを提示する意を表す。「もみぢ」は動詞「もみづ」の連用形。「敢へ」は、補助動詞「敢ふ」の未然形で、「すっかり・・・する」「・・・し尽くす」の意を表す。「なくに」は連語で、詠嘆の気持ちを込めた接続語を作る。この文は、上の文と倒置になっている。
本当に早くも鳴き始めてしまった雁だなあ。来てくれたのは嬉しいけれど、露が彩る木々がまた紅葉しきれておらず、まだ雁を歓迎するための受け入れ準備が不十分なのに。
雁の到来を鳴き声で表す。そのことで、雁が身近にいる感じを出している。雁が思っていたよりもずっと早く、こんな近くまで来てしまったという驚きを表している。一方、秋の深まりを色彩の変化で捉える。白露は歌語であるけれど、敢えて白と言うことで、紅葉の赤や黄を対照的に際立てている。「もみぢ敢へなくに」から緑もまだ少し残っていることがわかる。これで紅葉の中途半端さを表している。本来、秋は、木々がすべて紅葉し、その後に雁の到来するのが順序である。ところが、今年は順序通りに行っていない。雁がフライイングを犯してしまったのだ。だから、木々だけでなく、作者の心も雁を受け入れる準備不足である。作者は、そこに軽い戸惑いを感じている。
秋はいつでも順序通りに深まる訳ではない。この歌は、それに出会ったときの思いを表している。

コメント

  1. すいわ より:

    雁の鳴き声に天を仰ぐ。あぁ、空の秋はもう来てしまったか、地上の秋はまだ準備が整っていないというのに。心待ちにしている秋、ゲストの為に万全の用意をして迎えたいのに間に合わない。気が急いてしまう。白露は置くけれど色付き切らない木々の葉。入り混じる季節と秋を望む心、それぞれのモザイク模様が揺れ動いて、まだ完成しきれない秋の様子が伝わってきます。

    • 山川 信一 より:

      雁を待ち受ける心は、お客を家に招待するために準備する時の心に重なると言うのです。この歌も、人事を自然にたとえるのではなく、自然を人事にたとえています。「ゲストの為に万全の用意をして迎えたいのに間に合わない」時の気持ちは、経験者ならよくわかりますね。

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