《秋の条件》

題しらす よみ人しらす

わかかとにいなおほせとりのなくなへにけさふくかせにかりはきにけり (208)

我が門に稲負鳥の鳴くなへに今朝吹く風に雁は来にけり

「我が家の門に稲負鳥が鳴くのと共に今朝吹く風に雁は来たことだなあ。」

「なへに」は接続助詞で、「~とともに」「~と同時に」の意を表す。「雁は」の「は」は取り立ての意を表す。「来にけり」の「に」は、自然的完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は詠嘆の助動詞「けり」の終止形。ある事実に気づいた感動を表す。
我が家の門に、稲を背負っているように見える鳥が来て鳴いている。すると、それと共に今朝吹く秋風に乗って、雁は遠い北国からこの地にやって来たことだなあ。
「いなおほせとり」は「稲負鳥」と解した。実際は何という鳥かはわからない。稲を背負っている鳥ということで、秋を強く意識させる鳥なのだろう。実りの秋を想像させる。稲の色ばかりでなく、その香りまでもしてくる。その鳥が作者の家の門で鳴いている。そんな朝、爽やかな秋風が吹いてくる。何とも心地よい。その秋風に乗って、いよいよ待ちに待った雁はやって来たのだ。真打ち登場という訳である。こうして本格的な秋の条件がすべて揃ったと言うのだ。ちなみに、秋が、視覚、聴覚、嗅覚、触覚に渡って表現されている。
「に」が四度繰り返されている。これによって、雁が登場までの条件が段階を踏んで整っていく様を表している。一方、歌のリズムを印象的にしている。

コメント

  1. すいわ より:

    「さぁ、この秋もご覧の通り実りました」と稲負鳥が門口で呼び鈴を押すように鳴いてその訪れを知らせる。その声に誘われて外を見ようと立ち出でると、北の方からは涼しい風が門口を更に通り抜けて屋敷に届く。その風に乗って雁もやって来たではないか。屋敷を中心として同心円状に秋の気配がより遠くから刻々と届いてくる。爽やかな朝の気分も手伝い、心を秋が満たして行きます。

    • 山川 信一 より:

      その場にいる自分と、取り巻く風景が見えてきます。作者も「そうそう」と喜んでくれるでしょう。素敵な鑑賞です。

  2. らん より:

    尾が稲穂のように長い鳥なのですね。
    稲穂を運んできてくれたような姿の鳥ですね。
    秋の情景が頭の中に浮かびます。
    秋風も感じられ感慨深い歌ですね。

    • 山川 信一 より:

      実は、「いなおほせとり」がどんな鳥なのかはわかっていません。「稲負鳥」も一つの解釈です。でも、らんさんが想像するような鳥かも知れませんね。
      いずれにせよ、秋らしさを感じる鳥なのでしょう。「我が門」と「今朝」で場所と時間が特定されています。そのことで、現実味が生まれてきますね。

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