《寂しさの条件》

題しらす よみ人しらす

ひくらしのなくやまさとのゆふくれはかせよりほかにとふひともなし (205)

蜩の鳴く山里の夕暮れは風より他に訪ふ人も無し

「蜩の鳴く山里の夕暮れは風より他に訪ねる人もいない。」

「夕暮れは」の「は」は、主題・話題を表す。「これから~について話します」という意を表す。以下がその説明になる。「人も」の「も」は、類似の事態の一つを示す。「人」ばかりではなく、他のものも訪れないという意を表す。
蜩が鳴いて日を暮れさせた。人の住まない山奥のこの家に住む私は、夕闇に包まれようとしている。夕暮れ時は、物寂しさと人恋しさで胸がいっぱいになる。秋風以外に訪うものもいないことが知れるから。
「山里」とは、普通なら人の住まないような山奥の村里にある家。恐らくそこは別荘であって、作者は、なぜか今そこに住んでいる。何か深い事情があって来ているのだろう。何も好き好んで、寂しいこの時期に住み続けることもないだろうから。そんな山里で蜩が鳴いている。蜩は、日を暮れさせる虫である。鳴くにしたがって、夕闇が迫って来た。更に物寂しさ、人恋しさが催される。その時、秋風が吹いて来た。作者は秋風が自分を訪ねてくれたように思う。秋とは言え、まだ初秋である。風は心地よい。しかし、その心地よい秋風がいっそう作者を寂しくさせる。なぜなら、秋風以外に訪ねてくれる人がいないことを思い知らされたからである。寂しさは、単独で生じるのではない。「蜩」「山里」「夕暮れ」「風」といった取り合わせによって生まれるのだ。秋は、その条件が整っている季節である。

コメント

  1. すいわ より:

    沈む夕日に合わせるように、蜩の鳴き声、段々に音が下がって行く。山里にあっては日暮れも早く、吹いて来る風に日昼の熱の冷めて行く事を気付かされる。明暗(視覚)、音の高低(聴覚)、温度(触覚)、気持ちを沈み込ませて行くには充分な条件が揃う。しかも山里に訪れるのは冷たい秋の風ばかり。暖め合う人もいない。孤独は一層の寂しさを誘う。秋の気分を味わう舞台はさぁ整いました、と言っているようです。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、読み手に、明暗(視覚)、音の高低(聴覚)、温度(触覚)、風(触覚)を感じさせる表現になっていますね。そして、孤独。これが秋という季節なのです。秋を見事に表した歌ですね。

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