《秋月の明るさ》

月をよめる  在原元方

あきのよのつきのひかりしあかけれはくらふのやまもこえぬへらなり (195)

秋の夜の月の光し明ければくらぶの山も越えぬべらなり

「秋の夜の月の光が明るいので、暗いくらぶの山を越えられそうな様子だ。」

「の」は連体修飾語を作る格助詞。「光し」の「し」は強意の副助詞。「明ければ」の「ば」は原因理由を表す接続助詞。ちなみに、「赤し」と「明し」は同語源の語。「くらぶの山」の「くらぶ」には、暗いという意味が暗示されている。「べらなり」は状態の推量を表す助動詞。
秋の夜の月の光、それは何とも明るい。これだけ明るいと、あの名前からして暗そうなくらぶの山だって、越えてしまえるんじゃないかと思えるほどだ。
秋の夜の月がいかに明るいかを表現したい。さてどうするか。まず、格助詞「の」の繰り返しで対象を次第に絞っていくことで、読み手の意識を「光」に集中させる。そして、「光」を副助詞「し」で強調し、読み手に月の光の明るさを更に印象づける。次に、その明るさの程を説明する。「くらぶ山」という名前からして暗そうな山を提示する。これで月の明るさを対照的に際立てる。そして、夜、くらぶ山を越えるという具体的な行為を示す。読み手に明るい月明かりの中、くらぶ山を越えて行くイメージを抱かせる。
読み手はこうして作者の思いに一体感を抱くことになる。ああ、なんと秋の月は明るいことかと共感する。

コメント

  1. すいわ より:

    夜の山は正に飲み込まれそうな漆黒の闇、月をバックに黒い塊のシルエット。獣の声だけが聞こえる不気味さは到底人を近づける物ではない。
    なのに秋の月の明るさと言ったら、山道を照らしどこまでも分け入って越えて行けそう。実際には山にいる訳ではないのに、月明かりの中を歩く感覚をはっきりと頭の中に描くことが出来ます。

    • 山川 信一 より:

      平安貴族にとって(現代人にとっても同様だけど)、夜の山は無気味で恐ろしい場所でした。それを「くらぶ山」という名前によって強く印象づけます。その上で、それさえ超えて行けそうな明るさだと言います。この対照が月の明るさを際立たせていますね。

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