《稲葉による風》

題しらす よみ人しらす

きのふこそさなへとりしかいつのまにいなはそよきてあきかせのふく (172)

昨日こそ早苗取りしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く

「昨日早苗を取ったのに、いつの間に稲葉がそよいで秋風が吹くことだなあ。」

「昨日こそ早苗取りしか」の「こそ」は係助詞で係り結びとして機能している。強調し、結び以下に逆接で繋げる。「秋風の吹く」の「吹く」は連体形で、詠嘆を表している。
昨日田植えをしたように思っていたのに、稲葉がそよぎ、それにより秋風が吹くのがわかることだ。
季節の移ろいの早さへの驚きを言う。季節は人の思いとは別の早さで進んでいくと言うのだ。稲葉がそよいでいることで秋風が段々強さを増したことがわかる。風を目で捉えているのである。秋の巻の初めの歌で耳で捉えた風を前の歌では目で捉えた。そして、この歌でも同様の目で捉えているけれど、衣の裾から稲の穂に変わり、強さが増していることを表している。更に稲葉の音も聞こえてくる。更に稲葉の音も聞こえてくる。つまり、「目」+「耳」で捉えられる秋である。秋が「いつの間に」か進んでいるのである。『古今和歌集』は、歌の繋がりも考慮して読まねばならない。
〈稲葉そよがせ〉ではなく、「稲葉そよぎて」になっている。これは、因果関係ではなく、知覚した順を表しているからである。まず、稲葉がそよぐことに気づき、次に、秋風が吹いているとわかるのである。

コメント

  1. すいわ より:

    視線が点から面へとぐっと広がりました。そよぐ稲葉が秋を手招きしているよう。まさに「いなはそよきて」秋の風が吹くのですね。なるほど感受した順に。描写が細やかですね。

    • 山川 信一 より:

      秋風は、姿の無いただの音から始まって、川波を立たせることで姿を現し、陸に上がって殿方の裾をわずかにめくり、ついには、稲葉をそよがせ、音まで立てます。風はまるで成長するかのように範囲を広げていきます。『古今和歌集』は、綿密に編集されていますね。すいわさんが「視線が点から面へとぐっと広がりました。」と感じるのももっともです。

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