《秋の初風への思い》

題しらす よみ人しらす

わかせこかころものすそをふきかへしうらめつらしきあきのはつかせ (171)

我が背子が衣の裾を吹返しうら珍しき秋の初風

「愛しいあなたの衣の裾を吹き返し、衣の裏を見せる。ああ珍しくていいなと思われる。そんな秋の初めの風。」

「我が背子が衣」の「が」はどちらも、「の」の意。「我が背子が衣の裾を吹返し」は、「うら」を導く序詞。「うら」は、「裏」と「心」の意を掛ける。「うら珍しき」は、「心の中で珍しいと思う」意を表す形容詞の連体形。
秋の初風がかすかに吹く。愛しい方の衣の裾を裏返えす。思いがけない裏の模様がちらりと見える。その珍しさに嬉しくなる。これぞまさに秋の初風の姿だ。
初風は待ちわびた秋の訪れを知らせる。その爽やかな印象をこう表現した。恋人の裾の有様を描きつつ、恋心を暗示する。そして、それを秋の訪れへの思いに巧みに転化する。秋の初風も普段見えない衣の裏の模様も共に珍しく、心惹かれる。その点で両者を結びつけたのである。

コメント

  1. すいわ より:

    「うら」は「うら寂しい」の「うら」と同じですか?
    初秋のさやかな風に愛しい人の衣の裾が翻ってその裏を見せる。なんと珍しい事、初風のいたずら、それを見られるのは私だけ。という感じなのでしょうか。
    それならば爽やかで涼感を感じさせます。
    「うら寂しい」が頭に浮かんでしまったせいか、あまり良い意味でない想像をしてしまいました。
    秋の初風が着物の「裏」、「心」の内、どちらもいつもは見えないものをチラリと見せる。衣の裏が見えるのだから対面している。その二人の間に「秋(飽き)」の風が通り抜ける。季節がわりと漠然とした心変わりを「秋の初風」をきっかけに気付かされるのでないと良いのだけれど。
    春の巻に「わかせこかころもはるさめふることに、、」というのがありましたよね?これは春が満ち満ちて行く感じがしましたが、今回の歌は確かに衣を吹き返す風に涼感は感じられるのですが、さて、どうなのでしょう。

    • 山川 信一 より:

      その通りです。「うら」は「心・心の中」という意味を表しています。「うら悲しい」「うら寂しい」「うらぐはし(=心に染みて美しい)」などなど、形容詞の意味を強めています。だから、「うら」がいつでもマイナスのイメージを持つ訳ではありません。付く形容詞によりけりです。また、「秋」は「初風」と結びついていますから、プラスイメージを持っています。だって、夏が終わって、ようやく吹いてくれた爽やかな風なのですから。珍しいとは思っても「飽き」るはずがありません。

      • らん より:

        秋の初風に「おっ❗️きたな」と思い、そして捲れた裾にまたまた「おやおや、おっ❗️」という気持ち。
        うわ、新鮮でしたね。
        うまく表現されてますね。

        • 山川 信一 より:

          秋に初めて吹いた風から受ける印象と愛しい方の捲れた裾を見た時の思いを取り合わせています。どちらも「心から珍しい」と思えるからです。それはそれは見事な発見です。「そう、そんな感じ!」と共感できますね。

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