第百一段  六位外記康綱の機転

 或人、任大臣の節会の内弁を勤められけるに、内記の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。きはまりなき失礼なれども、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、衣かづきの女房を語らひて、かの宣命を持たせて、忍びやかに奉らせけり。いみじかりけり。

任大臣の節会:大臣を任命する儀式。紫宸殿で行われた。
内弁:宮中で公的な儀式がある時、臨時に任ぜられる職。承明門の内で諸事を司る。外で司るのを「外弁」と言う。
内記:内務省に属し、詔勅・宣命の起草宮中の記録を司る職。また、その役人。
外記:太政官に属し、少納言のもとで、詔勅・上奏文の起草・記録を司る職。またその役人。

「ある人が任大臣の節会の内弁を勤められた時に、内記が持っている宣命を受け取らないで、清涼殿に昇殿してしまった。この上もない失礼であるけれど、立ち帰り受け取る訳にもいかず、どうしようかと悩んでいたところ、六位の外記康綱が衣かづきの女官に事情を話して、その宣命を持たせて、そっと差し上げさせた。素晴らしかった。」

大臣任命式での失態を下官が機転を利かせることで事なきを得たという話である。兼好は、これを「いみじかりけり」と高く評価している。
それは儀式の権威、延いては天皇の権威が保たれたからである。この場合、その人の失態を取り立てれることもできた。また、人はミスを犯すものだと、責めずに宣命を取りに戻らせることもできた。しかし、いずれにしても、それだけでは済まされない。儀式の、天皇の権威が損なわれてしまうからである。内記から宣命を受け取るのを忘れることなどは、決してあってはならないことなのだ。ならば、そんなことは初めから無かったことにすればいい。六位外記康綱は、そのことを心得ていた。だから、兼好は素晴らしいと評価したのである。いかにも権威主義者である兼好らしい評価である。

コメント

  1. すいわ より:

    臨時で任された重要な役目に舞い上がってしまったのでしょうか、思わぬ失態、焦ったでしょうね。そこへ外記がこっそりと人を使って宣命を届けさせた。滞り無く任大臣の節会は執り行われた。よく機転を利かせた、との兼好の評価も分からなくはありません。でも、もし、気づかなかったら?と思うと、手放しで良かったで済ませられないようにも思います。二度と同じ失敗が起こらないようにどうしたら良かったのか、という検証が大事だと思うし、もっと現実的な事を言うと、別部署の人からの助けということは、失敗がもはや知られた事、内記の面目は丸潰れなわけですよね。重要な文書なのに人を介して渡すというのも、実のところリスクがある訳で、手放しで良い事をした、とは言い切れない気がします。

    • 山川 信一 より:

      これは、事後処理としては、いくらでも責任追及ができそうですね。それによって、政敵を失脚させることもできます。あるいは、二度と同じ失敗が起こらないようにするにはどうしたらいいかを検討することもできます。しかし、あの場面で大事なのは、そういう失態が起こらないことです。儀式が何事も無く行われることです。すなわち、それによって権威が損なわれることは何よりも避けたいことなのです。考えてみれば、儀式など作り事です。誰しも心の内ではわかっています。仮にミスがあってもミスがないように取り繕うことこそが望まれます。だから、それ心得ていて、この失態をカバーした六位外記康綱を素晴らしいと讃えたのです。

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