第八十一段   持ち物は人柄を表す

 屏風・障子などの絵も文字も、かたくななる筆様して書きたるが、見にくきよりも、宿の主のつたなく覚ゆるなり。大方も、持てる調度にても、心おとりせらるる事はありぬべし。さのみよき物を持つべしとにもあらず。損ぜざらんためとて、品なくみにくきさまにしなし、めづらしからんとて、用なきことどもし添へ、わづらはしく好みなせるをいふなり。古めかしきやうにて、いたくこととしからず、つひえもなくて、物がらのよきがよきなり。

障子:襖のこと。現代の障子は、「明かり障子」と言う。
品なく:品がなく。下品な。
つひえ:悪くなること。損なわれること

「屏風・襖などの絵も文字も、ぎこちない筆つきで書いてあるのが見にくいというよりも、その持ち主の家の主人がつまらなく思われるものである。一般にも、持っている道具類によっても、幻滅させられることはきっとあるに違いない。だからと言って、そう無闇によい物を持った方がいいと言うのでもない。破損しないためにと思って、品がなく醜い様にわざわざしつらえ、珍しいだろうと思って、無用の機能や装飾をわざわざ加え、うるさく趣向を凝らしているのを言うのである。古風なようであって、大げさでなく、長持ちがして、品質のよいのがよいのである」

持ち物には、その人物の人柄・趣味・品性が表れる。そのため、どんな物を持っているかによって、持ち主に幻滅することもある。よい物とは、シンプルで余計な飾りや機能がなく、古風で壊れにくい品質のよい物を言う。そういう物を持っている人は、人柄・趣味・品性も優れているに違いない。
もっともな主張である。確かに、持ち物には、人柄・趣味・品性が表れる。我々は日常それを手掛かりにして、その人物を判断・評価している。
しかし、大量生産大量消費の現代に於いては、その主張を実行するのはなかなか難しい。物は壊れやすく、便利で新しい物が次々に現れる。物は直ぐに古くなり、周りには、要らない物が溢れる。物は使い捨てになる。しかも、皆が同じような物を持たざるを得ない。古風な物を長く使うことはしにくい。したがって、持ち物に人柄・趣味・品性の差が表れにくい。これが現代だ。
さて、この現実と兼好の主張を比べてみると、兼好の主張の方が明らかに正しい。現代の生活が間違っている。この際、我々はこの生活が生み出された元に目を向けるべきであろう。すなわち、資本主義を見直す時が来たようだ。

コメント

  1. すいわ より:

    現代の大量消費大量廃棄、無用に高機能な家電を思い浮かべてしまいました。兼好の言う通り、ですね。もともとモノ欲しがりでないせいか、現代を生きながら、江戸時代辺りの徹底リサイクル、リユースの方が共感できます。100年以上前に、今目指そうとしている事をごく自然のこととしてやっていたのだから、達成出来るはずですね、きっと。

    • 山川 信一 より:

      石油の価格上昇に伴って、苺の値段まで上がっているそうです。科学文明は季節を超えた快楽を追求しています。しかし、そこまでの快楽は必要でしょうか?
      クリスマスケーキに苺が載っていなくても、そんなに不幸にはなりません。こういう感覚で生活を見直していきたいものです。

      • すいわ より:

        苺、子供の頃は5月、初夏の食べ物だと思っていましたが、今の子供達は苺は冬の食べ物だと思っていて、なるほどハウス栽培だからですね。クリスマスの需要に合わせて栽培、だから燃料費がかかって高くなる。路地ものの苺なんて売られているわけがないのですね。酸っぱい苺は今や死滅したのですね、、祝日なんて人が定めたものですら、ご都合主義の連休に仕立てたせいで「その日」の意味を失っているし、何だか愚かしく感じられます。自然への畏れを忘れて万能だと思い始めた頃から下るしかない道を歩いているような気がします。方向は変えられるのだから踏み出さないと。
        苺のショートケーキも素敵だけれど、シュトーレンはナッツ、ドライフルーツなどなど詰め込んで糖も油脂もたっぷり、長持ちしてヨーロッパの寒い冬を越す為の知恵の詰まったお菓子。理にかなってますね。人は自然と共にちゃんと生きて来ていたのですよね。

        • 山川 信一 より:

          利潤を追求するために作り出した作り出した習慣は見直した方がよさそうです。シュトーレンのように人々の知恵が生み出したものとは別物です。
          何にしたがって生きていけばいいか、見直していきたいですね。同感です。

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