第三段  男たる者、色を好むべし

よろづにいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵(さかづき)の当(そこ)なき心地ぞすべき。
露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親のいさめ、世のそしりをつつむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。

さうぞうしく:物足りなく。
玉の巵の当なき心地:『文選』に次のようにある。「且つ夫れ玉の巵の当無きは、宝と雖も用に非ず。」
しほたれて:濡れて。
あふさきるさ:一方が良ければ他方が悪いと言った具合で、上手く噛み合わない様。
たはれたる:他を忘れて一途にそれに耽る。色恋に溺れる。
たやすから:容易に。組しやすく。
あらまほしかる:理想的だ。望ましい。

「万事に申し分なくても、恋愛を好まないような男は、ひどく物足りない。そんな男に接すると、きっと玉の盃の底が抜けている気がするに違いない。
露霜に濡れて、行き先も定めず惑い歩いて、親の意見、世の非難をはばかるに心の余裕が無く、あちらを立てこちらを立て、終いには訳が分かなくなるほど思い乱れ、その上、一人寝することが多く、熟睡する夜が無いことが(かえって、人間味に溢れていて)魅力的なのだが、だからと言って、ひたすら色恋に溺れるというのではなくて、女に組しやすくないと思われることこそ、理想的なのだが・・・(実現は難しいよね)。」

第一段の「願はしかるべき事」の続きである。第二段では、贅を慎み質素でありたいと言っていたが、ここでは男女関係について言う。男は、仕事ができたり、地位が高かったりするだけでは不十分で、色恋の機微を心得、男女関係を上手くこなしてこそ魅力的なのだと言う。
とかく色恋に関しては、おざなりになりがちであるが、そこにも気配りしているところにこの主張の価値がありそうである。しかし、言われてみれば、「ごもっとも」と言うしかない内容である。常識的で、あまり新鮮さが感じられない。
「玉の巵の当」の語句は『文選』にある。また、「露霜に濡れて」以下の文章は『伊勢物語』や『源氏物語』の内容を踏まえていそうである。いかにもこの作者らしい書きぶりである。

コメント

  1. すいわ より:

    兼好さんは上手く立ち回れていなかったのでしょうね。
    「こういう人は物足りないよね?」と投げかけてはいるけれど、自分自身がそうだとは思われたく無いから敢えてそう言っているようにも思えます。権威を引き合いに出して読み手を納得させるより、自分を本当の意味で曝け出してしまった方が共感は得られるのではないでしょうか。理想は理想ですよね、男であれ、女であれ。

    • 山川 信一 より:

      誰しもが思っていることを言葉にする、それ自体は悪くありません。言われてなるほどと思うことがあります。しかし、中にはわかりきっているから言わないこともあります。この文は、後者のような気がします。
      この理想は、常識的で新鮮味に欠ける内容です。言ってほしいのは、どうしたらその理想が実現できるかという提案ですね。これでは、「ぼやき」にすぎません。

  2. すいわ より:

    「ぼやき」!なるほどそうですね。「相談があるの」と持ちかけられて話を聞いて、「だったらこうしてみたら?」「でも、、」というのが延々と続く、そもそも「相談」して解決したい訳ではなく、腹づもりも決まっていて敢えて話す事で自分の納得のダメ押しをする、、あれに似ています。解消したい訳では無い、ただ、書きたいのですね。それも、自分の自尊心も満足させて。兼好さん、ならば読みましょう、お付き合いしましょう、最後まで。

    • 山川 信一 より:

      兼好法師、翆和さんに既に見抜かれていますね。この言葉を知ったら、どんな顔をするでしょうか。見てみたい気がします。

タイトルとURLをコピーしました