和歌の効用①

しかあるのみにあらず。さざれいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともをしのび、たかさご、すみの江のまつも、あひおひのやうにおぼえ、をとこ山のむかしをおもひいでて、をみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける。

「しかあるのみにあらず。」(=それだけではない)と、歌が花鳥風月を愛でるためだけではないことを、当時人口に膾炙していたと思われる歌を例にとって述べる。
「さざれいしにたとへ」は、次の歌を言う。
「わがきみは千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで」
『君が代』の元になってなっている賀の歌(=お祝いの歌)である。ただし、この歌の場合の「きみ」は天皇を指しているわけではない。自分にとって大切な人を指す。「千世にやちよに」は、言外に「ましませ」という思いを込める。小石が成長して大きな石になって苔が生えるまでと、限りない年数を具体的に表している。
「つくば山にかけてきみをねがひ」は、次の歌を言う。
「つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにます影はなし」
筑波山のこちらの面あちらの面に木の影はいくらでもあるけれど、君の御庇護に勝る陰はない。君の御庇護を頼りにする思いを筑波山に掛けて述べる。
「よろこび身にすぎ」は、次の歌を言う。
「うれしきをなににつつまん唐衣たもとゆたかにたてといはましものを」
この喜びを何に包んでしまっておこうか。こんな嬉しいことがあると知っていたら、喜びを包む袂をもっと豊かに立てと言うのだった。これも喜びを袂にこと寄せて言っている。歌は思いを物に託して表現するものである。

コメント

  1. すいわ より:

    ただ単に風雅を歌うのみでなく、物に託して思いを伝える、和歌は意思表示の機能も果たしている訳ですね。
    歌抜きでも、筆者の言わんとするところはなんとなく伝わりますが、さざれいしに〜、つくば山に〜と言えば、あぁ、あの歌、と当時の人はほぼ察しが付くのですね。和歌が如何に日常に溶け込んでいたかを思い知らされます。

    • 山川 信一 より:

      優れた表現は、幾層にも味わうことができるもののようです。
      ここでは、元歌が想像できてもできなくてもわかるように書かれていますね。

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