君が家に送り行かん

「君が家《や》に送り行かんに、先《ま》づ心を鎮《しづ》め玉へ。声をな人に聞かせ玉ひそ。こゝは往来なるに。」彼は物語するうちに、覚えず我肩に倚りしが、この時ふと頭《かしら》を擡《もた》げ、又始てわれを見たるが如く、恥ぢて我側を飛びのきつ。

「家に送っていこうとする。これ以上ここで話していることをはばかっているからだ。なぜかな?」
「どうも問題は家にあるらしいので、解決するには家に行く必要があると思ったから。」
「それと、自分がこの少女を泣かせていると周りに誤解されたくないんだ。」
「そうだね、目立ちたくないこともある。豊太郎は東洋人なので、周りから偏見の目で見られそうだから。ドイツに三年も暮らしているので、いろいろ嫌な経験もしたんだろうね。」
「少女は話をしているうち無意識に豊太郎に肩を預けていた。と言うことは、豊太郎は隣に座っていたんだね。この言葉に反応して、顔を上げて自分のしていることに気が付いた。始めて豊太郎を見たような顔をして飛び退く。この時の少女の気持ちを説明して。」
「少女は、なんとか助けてもらおうと、夢中になって自分の身の上話をした。豊太郎には、何か安心感があったから。少女は自分の直感に正直だった。だから、いつの間にか心を許していた。けれど、気が付いてみれば、初めてあった男の人に、それも外国人に取るべき態度ではなかった。それに気が付いて、恥ずかしくなり、同時に警戒心も生まれた。」
 少女の複雑な思いが上手く表現されている。少女から見れば、豊太郎は外国人であり、年上の男性だ。男の肩に頭を預けるなど、取るべき態度じゃない。一方、不思議な安心感もある。それに少女自身そんな自分に戸惑っているんじゃないかな。

コメント

  1. すいわ より:

    豊太郎は暮れ時に我を失って泣く少女を独り放り出して立ち去る事も出来ず、とにかく一緒に家へ送り届けながら家の様子を見に行こうと思ったのでしょう。独りで帰して安全な家でもなさそうですし。少女は自分の訴えに耳を貸してくれる豊太郎に安心を覚え、感情の昂りから解放されて、気が緩んで彼に寄り掛かってしまったのでしょう。警戒、というより家を飛び出して来た理由が理由なのに、見ず知らずの、でも、優しい豊太郎に寄りかかるような真似をしてしまった浅はかな自分を恥じて慌てたのではないかと思いました。

    • 山川 信一 より:

      そうですね、警戒心はあまり感じられませんね。少女自身自分の行動と気持ちに戸惑っているのでしょう。

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