往きてこれと遊ばん勇気なし

 彼《かの》人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。
 赤く白く面《おもて》を塗りて、赫然《かくぜん》たる色の衣を纏《まと》ひ、珈琲店《カツフエエ》に坐して客を延《ひ》く女《をみな》を見ては、往きてこれに就かん勇気なく、高き帽を戴き、眼鏡に鼻を挾ませて、普魯西《プロシヤ》にては貴族めきたる鼻音にて物言ふ「レエベマン」を見ては、往きてこれと遊ばん勇気なし。此等の勇気なければ、彼活溌なる同郷の人々と交らんやうもなし。この交際の疎《うと》きがために、彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑することゝなりぬ。これぞ余が冤罪《ゑんざい》を身に負ひて、暫時の間に無量の艱難《かんなん》を閲《けみ》し尽す媒《なかだち》なりける。

「豊太郎は、自分のことを嘲るのはもっともだけど、妬むのは馬鹿げていないかと言う。それはなぜ?」
「人生をエンジョイできてないのは、事実その通りなので、それを嘲るもの当然だと思うから。でも、遊べないのは、臆病で勇気が出ないだけで、自制心からじゃない。そんな弱く情けない男を妬むのは、筋違いだからね。」
「「赤く白く~客を延く女」は売春婦だね。「レエベマン」は今ならなんだろう。ぴったりの人は思いつかない。江戸時代の太鼓持ちってところかな?とにかく、勇気がないからそういう者との接触が無かった。でも、他の留学生たちは遊んでいたようだね。だから、彼らと交わる機会もなかったんだ。こういう付き合いの悪さによって、彼らは豊太郎を嘲り、妬むばかりではなく、疑うようになった。これが無実の罪を身に負い、わずかな間にこの上ない苦難を経験し尽くす誘因になったのだった。これをどう思う?」
「付き合いが悪いのは、危険だよね。そうでなくても、豊太郎は優秀だから妬まれていた。人は劣等感を感じると、馬鹿にしたり、疑ったりして、時には陥れようとするものだから。」
 優越感は人を優しくし、劣等感は人を冷たくするとは、本当だ。これだから人間関係は難しい。それにしても、留学生仲間は結構遊んでいたんだね。たぶん、公費を使っていたんだろうけど、後ろめたくなかったのかな?きっと、それが慣習になっていたので、何も感じなかったのかもしれない。「赤信号みんなで渡れば怖くない。」って言う時の心理だ。それが豊太郎によって、後ろめたさを感じさせられ、それで、復讐してやろうとしたのかもしれない。
 ここにも、こうした慣習への鷗外の批判がある。

コメント

  1. らん より:

    豊太郎は極度のマザコン男だったのですね。横浜での涙は、お母さんとお別れするのが寂しくて涙が出てきたのですね。

    優越感は人を優しくすること、
    なんか考えちゃいました。
    私が人に優しくするときはそういう気持ちがあるのかなあと。

    • 山川 信一 より:

      優しさのすべてがそうではありません。本当の優しだって存在します。しかし、優越感が働く優しさもあります。
      だから、この心理の存在を知っていた方がいいでしょう。「この優しさはどうなんだろう?」と反省してもいいでしょう。

  2. すいわ より:

    慣習、という言葉に逃げて隠れて遊び呆けて。留学と言う名に隠れて、その実はただ、海外帰りという名の箔を付けるだけが目的。豊太郎とは相容れないだろうし、ただ一点の白のために自分たちの黒さが汚さがより自覚させられて、豊太郎を攻撃する。豊太郎を不正を暴く為に送り込まれた役所のスパイとでも思っているのかも知れませんね。社会に出てこんなあからさまな理不尽な扱いを受けて、豊太郎、ショックが大きかった事でしょう。母との優しい世界では起こり得ない事でしょうから。

    • 山川 信一 より:

      ここにも無責任な姿がありますね。世の中そういうことになっているんだから、それに従っただけ、そう考えれば気が楽になります。いくらでも自分の行為を正当化することができます。
      これが〈普通の日本人〉の生き方だったら、鷗外ならずとも腹が立ってきます。豊太郎は、そういう輩に陥れられることになります。
      そう考えると、世の中の男の大半がむしろマザコンになった方がましなのでしょうか?母は世界を変える力を持っています。世界は母によって創られます。

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