えんびフライ

 えびフライ。発音がむつかしい。舌がうまく回らない。都会の人には造作もないことかもしれないが、こちらにはとんとなじみのない言葉だから、うっかりすると舌をかみそうになる。フライのほうはともかくとして、えびが、存外むつかしい。
 えびフライ。さっき家を出てくるときも、つい、唐突にそうつぶやいて、姉に、
「まぁた、えんびだ。なして、間にんを入れる? えんびじゃねくて、えびフライ。」
と訂正された。自分では、えびと言っているつもりなのだが、人にはえんびと聞こえるらしい。それが何度繰り返しても直らない。


「えびを「えんび」と言ってしまうのね。ここは東北かな?姉が「なして」とか「ねくて」とか言っているから。」
「慣れていない発音は言いにくいよね。」
「きゃりーぱみゅぱみゅとか?ちょっと古い?」
「あたしのおじいちゃんは、ファンタスティックをファンタッチって発音してた。」
「フライの「フ」にしても日本語の「ふ」じゃないわね。日本人はLとRの違いは苦手だしね。地方の人を笑えないわ。」
「でも、語り手の姉はできるんですね。きっと学校で国語を習っているからですね。」
「この話がどの時代かはわからないけど、今は学校だけじゃなくて、テレビの影響が強いかもね。でも、何となくテレビはなさそう。」
「少し気の強そうな姉。語り手は、弟だったんだね。」
「なんとなく、姉と弟の力関係がわかるね。で、二人はいくつくらいなんだろう。」
「「さっき家を出てくるときも、つい、唐突にそうつぶやいて」とあるけれど、何でそんなにえびフライが気になるのかな?ここでも、読者に小さな疑問を持たせている。」
 ここだけでも、多くのことがわかってくる。一方、新たな疑問も生まれてくる。このバランスをとることが書き手の力量にかかっているんだ。

コメント

  1. すいわ より:

    物語が始まってここ迄に既に文頭に3回も「えびフライ」。口に出して2度もつぶやいていますし、このお話のキーポイントになるのでしょう。
    方言、イントネーションはなかなか抜けないものですね。東京人も昔は「ひ」と「し」の発音の区別が怪しかったですね。
    「えびフライ」と指摘するお姉さん、会話中の言葉は「なして」「ねくて」と方言で話していますね。上京して勤めていて、帰省して来ているのかしらと想像しました。地元でまだ学生の弟に、都会ではこうなのよ、と言っているようで。勤め先では共通語で話しているのでしょうけれど、地元に戻ると自然と「お国言葉」が出るのでしょう。ここが都会から遠いことが伺えます。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、その可能性がありますね。ここが都会から遠いことだけは確かです。地方と都会の対比があります。
      姉はおっしゃるように上京していて、この時は規制しているのかもしれませんね。
      ただ、それなら発音に関してずいぶん厳しい姉ですね。

  2. らん より:

    きっとここは間違いなく東北ですね。東北の言葉みたいです。
    このお話は三丁目の夕陽ぐらいの時代なのかなあと想像してます。
    お姉さんは都会で仕事してて、一時的に帰省してるのかなあと思いました。
    発音に厳しいお姉さんです。

    • 山川 信一 より:

      確かにいくら田舎であっても、現代とは思えませんね。高度経済成長期の頃でしょうか。
      お姉さんがそういう人かどうかはこれからわかってきます。予想して読むのはいいことです。

  3. すいわ より:

    最近では方言の語感を良いものにとらえられて来ていますが、首都圏に暮らす私たちが思っている以上に地方の人、方言に関してコンプレックスを持たれるようです。都会を知ってる優越感よりもむしろ、勤め先でお姉さん、恥ずかしい思いをされた経験があるから弟さんに強く言うのかもと思いました。

    • 山川 信一 より:

      当時の教育は、方言を恥ずかしいものと思わせることでなされていました。だから、誰もが訛りを恥だと思っていました。母から習った言葉を恥ずかしいと思うようにされたのです。
      方言は、「恥の日本語」だったのです。教育がそう教えていました。それこそ、恥ずべき歴史です。

      • すいわ より:

        前回勉強した井上ひさしの書いた「國語元年」というお芝居が、正に国策で方言を取り払って統一しようとするお話で滑稽でした。

        • 山川 信一 より:

          井上ひさしに「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」という言葉があります。
          『国語元年』は、井上ひさしの持ち味が生かされ、面目躍如といった作品です。以前、これを学習院女子部の演劇部が上演したことがありました。高校生のレベルを遥かに超えていました。

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