最後の一文

 勇者は、ひどく赤面した

 あたしは、前回の続きを発表した。
「最後の「勇者は、ひどく赤面した。」ですが、メロスが赤面したのは、もちろん恥ずかしかったからです。だって、こんな可愛い娘さんから告白されたのですから、メロスは意外な展開に面食らってしまいました。こんなことは人生で初めてで、思わず照れてしまったのです。メロスのような超人的な男もこんな可愛い一面がありました。実際、あたしはこれを読んだ時に「メロス、カワイイ!」って思いました。そして、何だかホッとしました。あたしだけじゃなくて、読んだ人はホッとすることでしょう。それは、同時にメロスの恋と結婚を連想するからかもしれません。」
「そうね、ホッとするわね。前の段落を含めて、ここはあの激しい場面を落ち着かる効果があるわね。読者がこの物語全体を受け入れる余裕を生み出しているわね。特に、最後の一文はメロスの人間性を印象づけたかったのね。メロスがグッと身近に感じられるわね。」
「わかるけど、ならなぜ「勇者は」なの?なぜ「メロスは」になってないの?」
「あっ、それなんですけど、これは、意外性を強調したかったからなんです。つまり、勇者なのに似つかわしくないほど赤面したという意味を表しています。「メロスは」より「勇者は」の方がその落差が強調されるからです。」
「なるほど、そうだね。でも、何でメロスがお茶目な一面を持っていると安心するんだろう?」
「これは、こう考えたらどうかな?私たちは、超人的な者に対して、感動はしても距離を置く傾向があるの。あの人は自分たちとは違うんだって。それどころか、嫉妬さえする。人は自分ができないことを人ができることに我慢ならないところがあるわね。作者は、人間の嫉妬深い一面をよく知っていたんだわ。でも、作者はメロスをどうしても読者に受け入れてほしかった。そこで、最後にメロスの人間性を強調したのね。メロスも平凡な人間なんだよって。」
「確かに、そういうところあるよね。完璧なものにはかえって反発してしまう。『名探偵コナン』だって、コナンが子どもだから受け入れるんだよね。工藤新一のままだとかっこよすぎるもの。」
 話が一区切りついたので、もう一つの話題を出した。
「「赤面」とまた赤が出て来ます。赤は、『走れメロス』のイメージカラーです。つまり、メロスを象徴する色です。他の色は、「蒼白」と「黒」しか出て来ません。それはこの色を対照的に強調する役割を持っていました。だから、終わりにもう一度赤を出したかったのでしょう。でも、なぜ、メロスの色は赤なんでしょうか?燃えるような情熱を持った男だからというのが一つの答えです。この答えは、既に出ています。でも、実はそれだけじゃないんです。
「青春」という言葉があります。でも、なぜ、春は青なんでしょう?実はこれ、古代中国の陰陽五行思想に基づいています。そこでは、四季を「青春・朱夏・白秋・玄冬」に分けています。春夏秋冬は、それぞれ「青・赤・白・黒」なんです。そして、それは人生の四季でもありました。これによれば、「青春」は29歳までを表すそうです。『走れメロス』の季節は、初夏でした。つまり、赤はメロスの年齢も暗示していたのです。メロスはもはや春を生きる男ではありません。メロスは人生の初夏(朱夏)を迎えた男だったのです。既に、真登香班長がメロスは30歳だと言いましたが、それにぴったり合っています。メロスは、妹を育てるために婚期を逸した30男だったのです。作者はそんなメロスの幸せを暗示してこの作品を締めくくったのでしょう。ちなみに、太宰治が『走れメロス』を書いた年齢も30歳でした。自分を重ねていたのかもしれません。」
「すべてに辻褄が合っているんですね。すごい!」と美鈴が興奮して言った。
「作者は、敢えてメロスの年齢を書かなかった。読者に読み取らせる楽しみを用意して置いたのね。きっと、太宰治は「わかったんだね。」って喜んでいるわ。文学作品を読むって、こういう謎解きでもあるのね。」
「ウチら、結構やるじゃん!」
「メロスは、かなり困ったヤツです。でも、時にはメロスのような無茶な人間も必要なんです。それが行き詰まった状況を突破してくれます。作者は、そう言いたかったんじゃないのでしょうか?」
 面白かった!これだから、小説は止められない。あたしもこんな作品が書きたいなあ。

コメント

  1. すいわ より:

    「走れメロス」完。
    はぁ、恐れ入りました。「朱夏」!
    これ程までに緻密に細部に仕掛けを施して。ここまでして読み手を楽しませる工夫をして。手を叩いて喜ぶ太宰治が目に浮かびました。笑い顔の太宰治を想像したのは初めてです。何だか寂しい人だったのかなぁと思います。他者に受け入れてもらいたくて、もらいたくて、全力で人を喜ばせようとしているようで。彼の憂いの秋も、山眠る冬も、見てみたかったですね。
    こんなにも細やかな読書体験をさせて頂き、先生、感謝致します。有難うございました。

    • 山川 信一 より:

      最後まで一緒に考えてくれてありがとうございました。教師は生徒が育てるものですね。それこそがもっとも良く学ぶ方法です。
      それを知らない生徒が多い中、すいわさんは真に賢い生徒であり、教師にとっても有り難い存在です。
      私は、現役時代、そういう生徒を塑だれられなかったダメ教師です。こちらこそありがとうございました。
      また次の作品でお目にかかりましょう。

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