母の指示

 悲しい気持ちで、僕は家に帰り、夕方まで、うちの小さい庭の中で腰かけていたが、ついに、一切を母に打ち明ける勇気を起こした。母は驚き悲しんだが、すでに、この告白が、どんな罰をしのぶことより、僕にとってつらいことだったということを感じたらしかった。
「おまえは、エーミールのところに行かなければなりません。」と、母はきっぱりと言った。「そして、自分でそう言わなくてはなりません。それよりほかに、どうしようもありません。おまえのもっているもののうちから、どれかを埋め合わせにより抜いてもらうように、申し出るのです。そして、許してもらうように頼まなければなりません。」

「出かけたのが朝だったから、ずいぶん長く呆然としていたんだのね。ショックの度合いがわかるわ。」と明美班長が時間に注目して言った。
「家の中にも入れないのは、身の置き所、収まり所がどこにも無かったからだよ。」と真登香先輩が場所について指摘した。
「なんかわかるなあ、この気持ち。私も付き合ってた彼にフラれた時そうだった。」と若葉先輩が共感していった。
「えええっ!先輩、そんなことあったんですか!?」とあたしが驚いて聞いた。
「もう一年も前のことだけどね。とにかく、大事なものを失うとこんな気持ちになるんだよ。」と若葉先輩は悟ったように言った。
「そうなんだ。今度詳しく教えてくださいね。」とあたしは興味津々だった。
「はいはい。じゃあ、読みに戻るわね。お母さんに打ち明ける気になったのはなぜかな?」と明美班長がいつものように話を本線に戻した。
「自分一人じゃもう抱えきれなくなったんだ。どうしたらいいのかもわからないし。」
「そんな時頼るのは、まずお母さんだよね。お母さんならわかってくれるという信頼があったのね。」
 次々に意見が出た。これには納得した。
「お母さんは話を聞いて悲しんだのはなぜ?」と明美先輩が尋ねた。
「そりゃ、息子が盗みを働いたんだから、驚き悲しむよね。逆に、息子を信頼していたことがわかる。うちの子に限ってそんなことはしないって思うもの。」と真登香先輩が答える。
「ここは、怒るじゃないところに注目したい。怒る母もいるよね。」と若葉先輩が補足した。
「事実を冷静に受け止めているのがわかる。理性的なお母さんだわね。しかも、「僕」のつらさを理解しているわ。愛情も豊かなお母さんなんだね。「僕」が子どもらしい子どもである理由もわかる気がする。エーミールの親とは対照的なのね、きっと。」と明美班長が説明した。
「エーミールがあんな風に育ったのは、親が先生だからだよね。」若葉先輩は、先生にあまりいい印象を持っていないみたい。何か嫌なことがあったのかな?
「その次の母親の言葉をどう思う?」と明美班長が聞く。
「まさにその通りって感じの指示だよね。常識的って言うか、良識的って言うか。自分でしでかしたことは、自分で償うしかない。当然の理だね。でも、お母さんの理解もそこが限界だった。」と真登香先輩。
「エーミールがどんな子か詳しくは知らないからね。」と明美班長が同意した。
 ホントにいいお母さんだなあ。息子の気持ちを察することができるんだから。余計なことを言わないところがいい。これ以上にない模範的な答えだなあ。こうするしか無いものね。でも、「僕」はつらいだろうな。お母さんをこんな形で悲しませたことを含めて。

コメント

  1. すいわ より:

    授業をサボってまで夢中になり追いかけていた蝶の事で、大変な間違いをしてしまった息子。うち震える「僕」の様子を見て、母はその重みを本人が感じていると見て取り、人に与えた痛みを我が身の痛みで償うよう諭したのですね。でも、、「僕」の悲嘆は「僕」の中の、「僕」と蝶の間にある信頼関係にも似たルールを破ったことにある、とは思っていないでしょう。

    • 山川 信一 より:

      どんなに素晴らしい母親でも、踏み込めない領域はありますね。理想的な母子関係には思えますが・・・。

  2. すいわ より:

    こんな母親だったら子供は幸せですね。寄り添いながらも自分の足で歩く事を教えてくれています。罪を問うより「この告白が、どんな罰をしのぶことより、僕にとってつらいことだった」と感じ取ってくれるのですから。

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