第九十九段 ~的を射る~

 昔、右近の馬場のひをりの日、むかひに立てたりける車に、女の顔の、下簾(したすだれ)よりほのかに見えければ、中将なりける男のよみてやりける、
 見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮さむ
返し、
 しるしらぬ何かあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
のちにはたれとしりにけり。

 昔、右近の馬場(右近兵衛府の馬場)で舎人が騎馬で試射する(「ひをり」)日、向かいに立っている車に、女の顔が下簾からほのかに見えたので、中将であった男が詠んで贈った、
〈見ないこともない、かと言って、見た訳でもない人が恋しくて、訳もわからず無闇に(「あやなく」)今日はもの思いに沈んで暮らすのだろうか。〉
返し、
〈知るとか知らないとかどうして無闇に意味も無く区別して(「わきて」)言うのでしょうか。人を恋しく思う「思ひ」だけが〈火〉のように恋の手引き(「しるべ」)となるのですが・・・。(あなたの思い一つですよ。)〉
のちには、この女が誰と知るほど深い仲になってしまった。
 引折(「ひをり」)の舎人のように、男の歌は女の心の的を射貫いたようである。女は、男の歌の「見ずもあらず見もせぬ人」を「しるしらぬ」と言い換え、「あやなく」を巧みに使っている。待っていましたと言わんばかりの内容である。女もこの日、恋を求めていたのだろう。恋はタイミングである。上手くいく時は上手くいく。
 どちらの歌は『古今和歌集』恋一に載っている。作者はこの歌からこの話を思いついたのだろう。『古今和歌集』との関わりが密である。

コメント

  1. すいわ より:

    流鏑馬見物のようなものでしょうか?たまたま向正面に留められた車の中、見え隠れする女に男はサーブ。それに対して女も上手く呼応してレシーブ。しるべ(標的)はここですよ、さぁ、あなた、射抜いてご覧なさい、とむしろ女の方が煽っているよう。チャンスとタイミングを逃さない者に女神は微笑むのですね。

    • 山川 信一 より:

      流鏑馬と同種でしょう。それにしても、女の歌は見事ですね。かなり教養のある人なのでしょう。実に魅力的な女性です。
      男もこれぞ恋の相手にふさわしいと思ったことでしょう。

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