第五十四段 ~恋の闘い~

 昔、男、つれなかりける女にいひやりける。
 ゆきやらぬ夢路を頼むたもとには天つ空なる露や置くらむ


 前の段の女と同一人物かはわからないけれど、そう読んだ方が面白い。〈つれなし〉は、冷たい、薄情だということ。依然として逢うのが難しく、手こずっているのだろう。女がいくら言い寄っても逢ってくれないのだ。その女の心を何とか動かそうとして言ってやった。
〈思い通りに行けない(「ゆきやらぬ」)夢の通い路を頼りにする私の袂は、天の空にある露が置いているのだろうか、ぐっしょり濡れています。〉
 現実に逢えないのでせめて夢で逢えないかと願う。しかし、それさえも叶わないと言うのである。逢えない悲しみで、袂が濡れるという発想はよくある。しかし、この歌は、たとえが美しい。「夢路」「天つ空」「」が幻想的なイメージを作りだしている。自分がいかに本気で思っているのかを伝えている。女を落とすにはありったけの教養をふり絞らなければならない。女も男を本気にさせて、とことんその正体を暴く。また、苦労して手に入れたものほど、大切に知るのだから。恋は男女の闘いでもあるのだ。

コメント

  1. すいわ より:

    ネルー首相の言葉を思い出しました。「愛は平和ではない、愛は闘いである、、」高校生の頃この言葉を知った時、「身を捨ててかからねばならない戦い」なんて大袈裟だなぁと思ったものですが。
    先生の仰るように、歌が幻想的かつ絵画的ですね。フスマートを多用したモナリザの絵のよう。天を仰ぎ見て、どこまでも崇高なものとして女を希う。さて、今度は振り向いてもらえるか?タイミングと距離感を見誤らないでね、と言ってやりたいです。

    • 山川 信一 より:

      すいわさんは、物事を結びつける力がありますね。こういう柔軟な思考を私も見習いたいです。
      それにしても、女は男をどう思っているのでしょうね。

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