昔、男、妹のいとをかしげなりけるを見をりて、
うら若みねよげに見ゆる若草を人のむすばむことをしぞ思ふ
と聞えけり。返し、
初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな
男は、妹が年ごろになって、たいそうかわいらしくなったことに気づき(「いとをかしげなりける」)、それを見て、
〈若くみずみずしく(「うら若み」)寝たら気持ちがよさそう(「ねよげ」)に見える若草を他の誰かが結ぼうとすることをとても気にしています。(「しぞ」は強意の副助詞。)〉
あなたは年ごろになって、男が目を付けるような可愛い女性になりましたね。あなたと結ばれる男がいまいましいよと、軽くからかったのだ。ただし、実際に妙な気が起こったこともあろう。
と聞こえるように言った。その返し、
〈お兄様が私を初草などという珍しい言葉にたとえるなんて思ってもいませんでした。お兄様に対して表裏なく思っていたのになあ。お兄様が私のことをそんな嫌らしい目でご覧になっていたなんて、これからは気を許さないようにします。〉
もちろんタブーは犯してはならない。しかし、タブーはだからこそ魅力的でもある。ギリギリのところで踏み留まって、それを楽しむのがいいと言うのだろう。
それにしても、妹の返歌は見事である。和歌は、日常に非日常を発見し、非日常に日常を発見する文芸である。妹は、兄の異常を正常に戻したのだ。
コメント
ブラコン、シスコンなんて聞きますけれど。元来、日本人は「小さい物好き」の傾向にありますよね。ただただ可愛い、こんなにも可愛くなって気を付けなさい、ということではないのですよね。「ねよげにみゆる」、妹君に添い寝をしたら、それは気分が良かろう、どこの誰とも知れない男になんぞ、渡したくないものだ、と直接妹に詠んで聞かせている。「初草の」と妹は歌って返していて、きっとまだ、これといって誰かとお付き合いした事はないのでしょう。それなのに、まさか兄が異性としての目線で自分に対して歌を詠うとは。兄、ちょっと嫌われたかも。
『伊勢物語』はあらゆる恋を網羅していますね。紫式部はこれを参考にして、『源氏物語』を書いたのは明らかですね。
源氏の場合は、義母(藤壺)にロリコン(若紫)と言う形で出て来ます。タブーも恋の一大テーマです。
先生、こんばんは。
またまた「えーっ‼︎」でした。
お兄さんにそんな目で見られてるなんて。。
妹はさぞかし兄を気持ち悪く思ったことでしょう。
軽い冗談でも、嫌ですよ。
伊勢物語にはいろんな恋の話があるんですねえ。
『伊勢物語』を恋の教科書と言ったのはそのためなんです。良い悪いは抜きにして、あらゆるパターンを網羅しています。
もちろん、作者なりの評価は与えられていますけれど。これからもまだまだ出て来ます。楽しみにしてください。