第二十八段 ~女にふられる~

 昔、色好みなりける女、いでていにければ、
 などてかくあふごかたみになりにけむ水もらさじとむすびしものを

 前段とは対照的に男がフラれる話である。「色好み」は〈恋愛の情趣をわきまえた人〉で、恋愛対象としては理想的な女性。それが男の元を出て行ってしまったのである。そこで男は今の思いを歌にする。
〈どうしてこのように天秤棒(「あふご」)が傾いた状態(「かたみ」)になってしまったのだろう。水も漏らすまいと手を固く結んでいたのに。〉
 これが表の意。裏の意は次の通り。
〈どうして、このように逢う機会(「あふご」〈=逢ふ期〉)が難しく(「かたみ」〈=難み〉)なってしまったのだろう。わずかな隙もないように契り合ってきたのに。〉
 巧みな歌である。歌は、その人の愛情・誠意・知識・教養・センスなど、多くのものを伝える。察するに、男が魅力に欠けるとは思えないのだが・・・。
 どんなに気を配っていても、男女の仲は壊れることがある。この男は女をひたむきに愛していたのにである。むごいと言えばむごい。しかし、それも恋愛の理不尽な一面であり、それを含めて恋愛なのである。これを合理的に捉え、努力が報われないから空しいと決めつけるかどうかは、その人次第である。

コメント

  1. すいわ より:

    天秤棒が傾く(かたみ)?これ、何でしょう?
    形見ーこれは違う、女、亡くなったわけではないし
    肩身ー着物の半分?片方に棒を担ぐ?
    片身ー!これですか?
    男ーー天秤棒の両の端にあなたと私。バランス良く一緒に居たはずなのに、あなたが去り、私は一人、覚束ない身となったものだよ。君のためにこの部屋も、しつらえも用意したと言うのに。
    女ーーそうね、なんて素敵なお部屋かしら。調度も生けられた色とりどりの花も完璧。でもね、それでは籠の鳥と同じ(!これもかたみ「筐」、ですね)、私、野の花を愛でに参りますわ。
    愛しくて、愛しすぎて誰にも渡したくない、と厳重に囲えば囲うほど、女は逃げ出す。どんなに目の詰まった籠(筐)でも水は漏れてしまいますね。
    去り際の女の書き置き的な歌があれば、見てみたかったですね。

    • 山川 信一 より:

      「かたみ」は、〈かたむく状態〉の意です。天秤棒の一方が傾いてバランスが悪くなったことを言います。漢字を当てるなら〈片身〉ですね。
      女は『人形の家』のノラのようだったのでしょうか?男にとって女は永遠の謎です。

  2. らん より:

    あふごかたみ、2つの意味があるのですね。傾くと難しいと。
    すごい。うまいなあ。
    巧みな歌だなあとと感心しました。
    でも2人の恋はうまくいかなかったんですね。

    歌はうまいけど、どこか合わないところがあって、女は去ってしまったんでしょうか。
    束縛されて嫌だったとか、幻滅することがあったとか。
    歌がうまいだけではダメだったんですね。
    運命の人ではなかったんですね。
    こんな結果だったけど、いい恋だったと思って次の恋をさがしてもらえれば、きっと一回り大きな男になれて、素敵な恋愛ができますよ、きっと。
    頑張れ、男‼︎

    • 山川 信一 より:

      「色好みの女」はモテるので、男は放っておかないのでしょう。別の男に奪われたのかもしれませんね。
      女ももっといい男がいないかと求めていたのかもしれません。自分に自信があるので。

  3. すいわ より:

    そうですね、ノラ、というよりも、もともと自分に自信のあるカルメンみたいな、、女版業平みたいな女性を思い浮かべました。この男もしかりで、モテる男なのでしょう、あぁ、今回はしてやられたなぁ、というくらいの余裕を感じます。
    女は謎、ですか?こと恋愛に関しては同性でも理解不能な事あります。彼と別れて散々泣き散らして次の日、別の人と手を繋いで歩いているとか。男はそうは行きませんね。結構引きずる人が多くて気の毒な限りでした。男の方が純粋なのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      男にせよ、女にせよ、その恋にどれだけのめり込んでいるか、どれだけ本気かなのでしょう。
      あるいは、自分にどれだけ自信があるかなのでしょう。男女の差だけではなさそうです。

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