第二十二段 ~寄りが戻る~

 昔、はかなくて絶えにける仲、なほや忘れざりけむ、女のもとより、
 憂きながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき
といへりければ、「さればよ」といひて、男、
 あひ見では心ひとつをかはしまの水の流れて絶えじとぞ思ふ
とはいひけれど、その夜いにけり。いにしへ、ゆくさきのことどもなどいひて、
 秋の夜の千夜を一夜になずらへて八千夜し寝ばやあく時のあらむ
返し、
 秋の夜の千夜を一夜になせりともことば残りてとりや鳴きなむ
いにしへよりもあはれにてなむ通ひける。

 寄りが戻ることもある。不思議と言えば不思議である。
 これも昔のこと、一緒にいる意味が感じられなくなって(「はかなくて」)途絶えてしまった仲が、なお忘れなかったのだろうか、女のところから歌が贈られてきた。
 あなたに去られてつらいままで(「憂きながら」)あなたのことを少しも忘れられないので(「しも」は強意の副助詞。)、一方ではあなたを恨みつつなおも恋しいのです。
と言っているので、「やっぱりね(「さればよ」)、そう言ってくると思ったよ。」と口にして、男が贈った歌。
(私があなたの所に行かなくなったのはこうなのですよ。)逢って愛し合うのではなく(「あひ見では」)、心ひとつを交わそうと思ったからなのです。たとえるなら、川島をめぐる水が島を避けながらも決して絶えることがないように(清らかな関係でいよう)と思います。(「かはしま」が〈交はす〉と〈川島〉が掛かっている。)
とは言ったけれど、男はその夜、女のところに行ってしまった。これは取り敢えずの言い訳だったから。過ぎ去った日々(「いにしへ」)や将来(「ゆくさき」)のことなどを語り、男は歌を詠む。(思いは歌という形を得てこそ確かなものになるのだ。)
 秋の長夜の千夜を一夜に見なして(「なずらへて」)八千夜あなたと寝たとしたら、満足する時もあるだろうか、それでも満足することはないだろう。(「八千夜し」の「」は強意の副助詞。男は一回飽きて遠のいたのに、調子がいいなあ。)
女の返し。
 秋の夜長の千夜を一夜にしたとしても、語りたい言葉が残って、夜明けを告げる鳥が鳴いてしまうでしょう。あなたとはいくらでも話すことがあります。
男は以前より女を愛しく思って通うようになった。
 よりが戻ったのは歌の力による。男は女の歌を通して、女の思いの強さや教養の高さなどを受け取った。歌は何よりの贈り物なのだ。現代人は何を頼りにしているのだろう。お金か?多分そうなんだろう。でも、歌に勝るのかな?短歌が再び復権するといいのに。

コメント

  1. しめしめ より:

    先生こんにちは今日は温習日です
    以前はお世話になりました
    今授業では徒然草の「家居のつきづきしく」を習っています。先生の解釈も是非聞いてみたいです!良かったらお願いします

    • 山川 信一 より:

      しめしめさん、コメントありがとう。『徒然草』は、ここに限らず、「こそ・・・已然形」の係り結びが多用されていますね。
      この係り結びは、以下の文に逆接で繋がることを表します。つまり、一度強調して言い切るけれど、直後に「しかし」と続けるわけです。
      作者は、物事を言い切らないで、何らかの含みを残しています。なぜなら、物事の別の一面を意識しているからです。
      だから、「こそ・・・已然形」が使ってある場面で、その含みを想像して読むといいでしょう。

    • しめしめ より:

      ありがとうございます
      これからも古文頑張ります!

  2. すいわ より:

    女の歌、「人」と詠んでいますね。今では縁の薄くなってしまったあなた、心から消し去ることも出来ず、あなたが恋しくて、揺らめく海(浦)を見ると胸がさざめくのです、、憂き→浮き、恨み→浦という文字が連想されて、何か心の定まらない、心の揺れを感じる歌に思えました。でも、返歌が「川」なのですよね。しかもあっさりしていて、およそ崇徳院の「瀬をはやみ‥」のような情熱は感じられない。と思わせておいて、その晩、女に会いに行く。なるほど、川は海へと注ぐもの、その流れは止めようもない、という事なのでしょうか。二十一段の男と正反対ですね。

    • 山川 信一 より:

       すいわさん、こめんとありがとうございます。男が川をたとえに出してきたのは「憂き→浮き、恨み→浦」からの連想によるというご指摘は、なるほどと思いました。「あなたは海にいて、私は水を絶えず流し続けるように愛情を注いでいた」と言うのでしょうね。
       いずれにしても、疎遠になっていたことへの言い訳です。格好をつけないと、次の行動に出にくいからです。だから、格好がついた途端逢いに行ったんですね。歌は便利な手段です。

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