《旧都の桜》

ならのみかとの御うた  ならのみかと

ふるさととなりにしならのみやこにもいろはかはらすはなはさきけり (90)

故里となりにし奈良の都にも色は変わらず花は咲きけり

「奈良帝の御歌  奈良帝
荒れ果てた古い土地となってしまった奈良の都にも色は変わらず桜の花は咲いていることだなあ。」

平安遷都のために、奈良は旧都になってしまった。奈良時代は、710年から794年までの84年間である。舒明天皇(34)から桓武天皇(50)まで17代の天皇がいる。しかし、奈良帝とだけあって、名を特定していない。もちろん、この時代に生きている方であろう。しかし、個性は不要だった。奈良帝であれば、どなたであっても懐くであろう思いを歌っているのである。
久しぶりに奈良帝は、奈良を訪れたのだろう。そこに昔の繁栄の姿はなく、旧都はすっかり色あせ、寂しく荒れ果てていた。帝自身も我が身の老いを感じたこともあろう。しかし、桜の花だけは昔のように同じ色をして咲いている。そのことに気づき、少し救われたような気持ちになる。
では、なぜこの歌をここに置いたのだろうか。89の貫之の歌は、画期的で斬新なイメージを抱かせる。それに対して、この歌は平凡で常識的である。ならば、89の歌とメリハリを付けるためではないか。読み手としても、貫之のような歌ばかりだと、疲れてしまう。そこで、少し息の付ける歌を織り交ぜているのだろう。しかも、これは奈良帝の歌である。平凡な表現・内容であっても、この集に加えたいもっともな思いである。

コメント

  1. すいわ より:

    編集の妙ですね。同じテーマでこれだけ様々な表現が可能であることを示し、緩急をつけることで読み手を飽きさせない。さすが貫之。
    奈良帝の歌は平凡かもしれないけれど、誰もが共感することの出来る真っ直ぐさが好ましいです。修学旅行で行った平城宮跡を鮮明に思い出しました。

    • 山川 信一 より:

      『古今和歌集』には、捻りの利いた歌が多いけれど、このように思いを素直に詠んだ歌もありますね。置かれるところによって存在感を増します。さすが貫之の編集です。
      奈良帝と同じような思いで、平城京跡の桜を眺めることができますね。味わいのあるいい歌です。

  2. らん より:

    私も共感です。
    味わい深い、いい歌だなあと思いました。
    あの画期的な歌のあとにこの歌とは。
    やはり、貫之プロデューさーは素晴らしいです。

    • 山川 信一 より:

      優れた表現は、受け手の想像力を活性化します。しかし、その方法は一様ではありません。
      こういう控えめな表現がかえってそれをすることもあります。そのいい例ですね。

タイトルとURLをコピーしました