歌のあり方

廿二日、よんべのとまりよりことゞまりをおひてぞゆく。はるかにやまみゆ。としここのつばかりなるをのわらは、としよりはをさなくぞある。このわらは、ふねをこぐまにまに、やまもゆくとみゆるをみて、あやしきこと、うたをぞよめる。そのうた
「こぎてゆくふねにてみればあしびきのやまさへゆくをまつはしらずや」
とぞいへる。をさなきわらはのことにてはにつかはし。けふうみあらげにていそにゆきふりなみのはなさけり。あるひとのよめる。
なみとのみひとつにきけどいろみればゆきとはなとにまがひけるかな」。

問1「をさなきわらはのことにてはにつかはし」とあるが、なぜそう言うのか、歌を踏まえて説明しなさい。
問2「なみとのみひとつにきけどいろみればゆきとはなとにまがひけるかな」を鑑賞しなさい。

九つの男の子、しかも、年より若く見える子が歌を詠む。書き手はそれには驚いている。船と共に山が動いているように見えたことに感動したのだろう。「漕いで行く船から見ると山までも(=さへ)共に動いて行く。それを山に生えている松は知らないのだろうか。知っているのは、きっと僕だけだろうな。」なんと、枕詞(「あしびきの」)まで使っている。とは言え、発見が単純で、表現は未熟だ。しかし、発見の感動を素直に表しているところがいい。幼い子の歌としてはふさわしい。こんな風に、誰でも臆することなく、日常の場面で歌を詠むことが望ましい。(問1)
今日は海が見るからに荒れていて、磯に浪が打ち寄せ、雪が降り、白い花が咲いているように見える。それを見て、ある人が詠んだ「浪と言えば一つの物を表す言葉だばかりと聞いていたけれど、その色を見ると、雪と花とに見分けがつかなくなる、決して浪は一つの物を表している言葉じゃないのだなあ。」(という歌。)
言葉だけ知っていても、その実態を知らないことがある。それでは、知っていることにはならない。浪にしても、よく見ると、雪にも花にも見えるではないか。言葉を実態と切り離して遣ってはいけない。さすがに深みの有る哲学的内容になっている。前の歌と対照的になっている。(問2)

コメント

  1. すいわ より:

    形のない「心」が言葉によって形付けられる。それらあまたの言葉から選び抜かれた言葉を歌に織りなして心の内の思いを伝える。言霊と言いますが自分の魂を受け渡すような、何にも代え難い「言葉の花束」をやり取りしていたのですね。歌う事で率直に自分の考えを簡潔に表明する潔さも気持ちがいい。煮え切らない現代にこそ、歌は必要なのかもしれませんね。
    子供の歌、これまでも出てきましたが、どれも愛らしい。大人を真似て少ない言葉のストックから捻り出して歌ったのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      現代にも、短歌や俳句がありますが、貫之が思うようには機能していません。一部の人の趣味に過ぎません。この宝物を有効に使いたいですね。
      ただ俳句は短くて作りやすいのですが、俳句的表現に固執する傾向があります。俳句自体を守ろうとして、広がりを妨げています。
      短歌の方が自由度は高いのですが、長くなった分、敷居が高くなります。また、和歌の伝統が邪魔していることもあります。
      学校教育は、これらの普及に力を注ぐべきです。日本人に共通の表現法にして、貫之の理想を実現したいですね。

  2. すいわ より:

    子供の歌が愛らしいと書きましたが、実際は子供の口にした言葉をそれらしく貫之が歌に仕立てたのかもしれません。でも、子供の視点を疎かにしない、その注がれる眼差しを思うと貫之という人の人となりがここにも感じられました。古典は何となく遠い世界のお話のように思っておりましたが、現代とひと続き、今までこんなにも人々の様子が生き生きと感じられ、共感出来る古典作品に出会った事がありませんでした。

    • 山川 信一 より:

      貫之は知れば知るほど魅力的な人物です。老人になっても、子どもの視点を持っていました。『土佐日記』はずっと読み続けていたい作品ですね。
      「現代とひと続き、今までこんなにも人々の様子が生き生きと感じられ、共感出来る古典作品に出会った事がありませんでした。」に共感します。

  3. らん より:

    私も、短歌は長いから俳句の方がいいなあって思いますが、短歌は自由に沢山の気持ちが入れられていいなあって思います。でも敷居が高いですね。

    だから、この子供の子供の作った歌はすごくいいなあって思いました。
    僕、すごいのみちゃったよって。
    嬉しくて、松にも教えてあげて、見せてあげたいなあという素直な気持ちが伝わってきました。

    • 山川 信一 より:

      短歌と俳句は、一応棲み分けができています。できれば、どちらも生かしたいですね。どちらも、日常に溶け込む芸術です。
      この男の子のように素朴な思いを歌にできるといいですね。貫之はそのお手本を示してくれています。

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