風浪止まず

十六日、かぜなみやまねばなほおなじところにとまれり。たゞうみになみなくしていつしかみさきといふところわたらむとのみなむおもふ。かぜなみともにやむべくもあらず。ある人のこのなみたつをみてよめるうた、
「しもだにもおかぬかたぞといふなれどなみのなかにはゆきぞふりける
さてふねにのりしひよりけふまでにはつかあまりいつかになりにけり

十六日、風浪やまねば猶同じ所に泊まれり。たゞ海に浪無くしていつしか御崎といふ所渡らむとのみなむ思ふ。風浪ともに止むべくもあらず。ある人のこの浪立つを見て詠める歌、
「霜だにも置かぬ方ぞと言ふなれど浪の中には雪ぞ降りける」
さて船に乗りし日より今日までに廿日あまり五日になりにけり。

いつしか:「いつ・・・できるだろうか」という気持ち。直ぐにでも早く。
かぜなみともにやむべくもあらず:風も浪も共に止む気配も見せない。
だに:さえ。
かた:場所
いふなれど:「なれ」は推定の助動詞の已然形。「言うようだけど」
ふりける:「ける」は、あることに気が付いて感動するの意。「そうだったんだ。」

問1「しもだにもおかぬかたぞといふなれどなみのなかにはゆきぞふりける」を鑑賞しなさい。
問2「なりにけり」とは、どういう思いか、説明しなさい。

コメント

  1. すいわ より:

    問一 (こんな寒さの朝であれば風情ある霜置くさまの見られようものを)こう風が吹くこの地では霜さえ置かぬと言うことらしいが、なに海を見やれば真白の波頭、まるで雪の降り積む小山の連なるのを見るようではないか。霜どころか波の中に雪は降っていたのだなぁ。

    問二 悪天候などに見舞われなかなか旅の進まないまま二十五日も経ってしまった。いたずらに時ばかりが過ぎる、やれやれ、という思い。

    • 山川 信一 より:

      問1 いい鑑賞ですね。ここには、京には見えぬ風情がある、京にいてはできぬ歌が歌えると言いたいのかもしれません。貫之のプライドが伺えます。
      問2 完了の助動詞「ぬ」と詠嘆の助動詞「けり」が効果的に使われていますね。改めてそのことに気づいて、詠嘆しています。

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