舵取りとの関係

十四日、あかつきよりあめふればおなじところにとまれり。ふなぎみせちみす。さうじものなければむまときよりのちにかぢとりのきのうつりたりしたひに、ぜになければよねをとりかけて おちられぬ。かゝることなほありぬ。かぢとりまたたひもてきたり。よねさけしばしばくる。かぢとりけしきあしからず

問1「ふなぎみせちみす」からどんなことがわかるか。
問2「かぢとりけしきあしからず」からどんなことがわかるか。

十四日には、夜明け前から雨が降って出航できなかった。当時の船旅はかなり天候に左右されたようだ。船の性能がよくないので、安全第一だったのだろう。
この日は、節忌の日だった。船君は、船旅にあっても、できる限り行事は行いたいと考える人だったのだろう。一方、これは、船旅の安全祈願の意味もあったに違いない。しかし、船の上なので、精進物が無い。午後になり舵取りが昨日釣った鯛を米と交換し、それを食べて精進落ちをした。結局、短い、形ばかりの節忌になってしまった。(問1)
舵取りは、その交換で味を占めたのか、その後も度々鯛を持ってくるようになった。米や酒を与えると、機嫌が良くなった。強欲な人物である。船君はこうした取引は好まないが、ここで舵取り取りのご機嫌を損ねる訳にも行かない。舵取りとの関係を良好に保つことも、船旅では必要なのだ。また一つ船旅の実態がわかってきた。(問2)

コメント

  1. すいわ より:

    押し鮎だけの元日、若菜の節、そして今回の節忌。船上で十分な事が出来なくてもそれぞれの季節の行事を律儀に行おうとする旧国司、この人の人となり、仕事ぶりが想像できます。几帳面な方ですよね。それにしても、地方の仕事を終えて都へ戻る船上でも、あこぎな船頭と交渉役をせねばならない、移動中もやはり、お役を離れられないのですね。気の毒です。

    • 山川 信一 より:

      『土佐日記』を読んでいると、旧国司が置かれた状況や心情がいきいきと伝わってきますね。この作品は、平安物語文学よりずっと、現代の小説に近い気がします。
      紀貫之は、すごいことを試みようとしていたのではないでしょうか。新しい表現を求めて実現していく、その姿勢に感服します。

  2. らん より:

    土佐日記を読んでいると、いろいろなことがわかりますね。
    日本最初の小説ですね。

    • 山川 信一 より:

      らんさんもそう思いますか?読んでいると、一緒に船旅をしているような気がしてきますね。

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