2020-08

古典

風に弄ばるゝに似たり

四階の屋根裏には、エリスはまだ寝《い》ねずと覚《お》ぼしく、烱然《けいぜん》たる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、乍《たちま》ち掩はれ、乍ちまた顕れて、風に弄《もてあそ》ばるゝに似たり。戸口に入りしより疲...
古典

免すべからぬ罪人

最早《もはや》十一時をや過ぎけん、モハビツト、カルヽ街通ひの鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門の畔《ほとり》の瓦斯燈《ガスとう》は寂しき光を放ちたり。立ち上らんとするに足の凍えたれば、両手にて擦《さす》りて、漸やく歩み得る程に...
古典

黒がねの額はありとも

黒がねの額《ぬか》はありとも、帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の錯乱は、譬《たと》へんに物なかりき。余は道の東西をも分かず、思に沈みて行く程に、往きあふ馬車の馭丁に幾度か叱《しつ》せられ、驚きて飛びのきつ。暫くしてふ...