肉食鳥のような

 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。瞼の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。

 若葉先輩に戻った。老婆は下人にどう反応するのかな?
「老婆の「眼」についての描写からどんなことがわかる?」
「「肉食鳥のような、鋭い眼」と言っているよね。その眼でじっと下人の顔を見守っている。きっと、下人の心を推し量っているんだ。どう出れば、有利に働くかを計算しながら。」
「と言うことは、やはりこの老婆は只者じゃなかったってことだね。無害な鶏じゃなくて、死人の肉を啄みに来る残念な肉食鳥だったんだ。」
「肉食鳥と言っても、羅生門に来るのは鴉だよね。なぜ敢えて肉食鳥と言うの?」
「それは、残忍さを強調したかったから、鷹とか鷲の眼のイメージを利用したんだ。鴉の眼は、結構つぶらでかわいかったりするからね。」
「老婆の容貌から何がわかる?」
「老婆の容貌が尋常な人間のそれではなくなってしまったこと。どれほど困難な状況の中を生き抜いてきたかがわかる。喉仏は普通女には無い。もう性を超越しているんだ。」
「老婆がしていたことを恐ろしく思わせる効果もあるよね。」
「「鴉の啼くような声」からわかることは?肉食鳥じゃなくなっているのはなぜ?」
「ここでは、残忍さよりも狡猾さやずる賢さを強調するため。それに、鷹などの鳴き声は一般的ではない。どういう声で鳴くのかわからないよね。」
 本当に怖そうな老婆だね。一体何を考えているんだろう。老婆は羅生門をねぐらにして、この末世を生き抜いて来たのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    老婆の眼に焦点が当てられました。赤い瞼、追い立てられたせいもあるでしょうけれど、頭に血が上って興奮状態にあるようです。老婆という記述が無かったら、人どころかどんな生き物かもわからない妖怪のような見た目ですね。鼻と一つになった唇?おそらく歯も抜けたせいで縦皺ばかりが目立つ色も失った唇、なのでしょうか。老婆を女と認識できたのはおそらく死骸の女同様、髪が長いという事だけ。喉の骨が浮き出るほどに痩せ細っているのでしょう、死に朽ちたものに近い存在、修羅場をくぐって生き延びてきた老婆の大きな瞳に映る自分の姿、下人は見ていないのでしょうね。下人には持ちえない「経験」が老婆の武器。さあ、老婆が言葉を発します。下人の恐怖の時間が始まるようです。

    • 山川 信一 より:

      老婆は下人とは対照的な人物ですね。遠目からは老婆と判断できましたが、細部を見れば見るほど恐ろしい容貌をしています。
      髪の長さは、後で明らかになりますが、男のように短いようです。生命力において、男は女の足もとにも及ばないことを思わせます。
      女はどんなことをしても生き抜きます。

  2. らん より:

    老婆がハゲタカに見えてきました。やはり只者ではないですね。
    喉仏があるんですか❓
    もう人間じゃなく妖怪みたいです。

    • 山川 信一 より:

      下人の眼にはそう見えたのでしょう。話し手は、限りなく下人に寄り添っています。
      下人は、老婆を油断のならないヤツだと警戒しています。

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