大きな嚔

 下人は、大きな嚔(くさめ)をして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。

 美鈴の番だ。今日の段落は短めだね。あんまり問題が無さそうだけど、大丈夫かな?
「下人が嚔をして、動き出します。ちなみに嚔はクシャミです。嚔はどんな役割を果たしているのでしょうか?」
「寒さが伝わってくるね。」
「下人が動き出すきっかけを示している。つまり、自分の意志で動き出そうと思ったわけでは無く、寒くて動かずにいられなかったことを示している。」
「「大儀そうに」ってどういう意味ですか?」
「辞書に〈体調が悪くてつらそうに〉とあるね。悩むことに疲れてしまったんだね。お腹も空いているだろうし。」
「「夕冷えのする京都は、もう火桶がほしいどの寒さである。」ってあるけど、季節はまだ秋だよね。蟋蟀もいるんだから。」
「ここで再び蟋蟀に触れているのはなぜですか?」
「下人の孤独感を表しているのかな?」
「一匹だけいた蟋蟀もどこかに行ってしまって、ついに羅生門には、命有るものが下人だけになったということを言うため。」
「かなり無気味。つまり、無気味さの強調だね。」
「これはつなぎの段落だね。本筋ではない。それでも、役割はしっかり果たしている。」
 大きなクシャミが聞こえてきそうだ。その時の風の冷たさまで伝わってくる。下人はもうじっとしていられない。悩みはまだ解決したわけじゃないけど、動かざるを得ないんだ。

コメント

  1. すいわ より:

    「嚔」という字、子供の頃、口から寅が走り出す、みたいな字だなぁと思っておりました。勢いよく出る息と音で下人の心情を語る場面を一瞬で転換して現状の場面へと連れ戻されました。嚔をすると魂が抜け出てしまうとか、早死にするので厄払いの呪文を唱えるだとか言いますね。話の流れを阻害する事なく効果的に使われています。蟋蟀の姿も消えてたった一人、暖を取ることも出来ない下人、心まで冷え荒んでしまいそうです。吹き抜ける風は寒さと共に黒い何かを連れて来て、、。

    • 山川 信一 より:

      嚔は場面転換にはぴったりの動作ですね。下人を動かすにはもってこいの動作です。
      こういうところに芥川龍之介の才を感じます。

    • らん より:

      スカスカの空間を風が吹き抜けていてとても寒そうです。
      くしゃみのあと、よろよろと動き出した下人を想像しました。
      どこへ行くのでしょうか。

      • 山川 信一 より:

        そうですね、当てもないのにどうするのでしょうか?
        こういう場面場面でちょっと立ち止まりながらあれこれ想像しながら読むのはよい読書の楽しみ方ですね。

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